国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(No.10) 
ペルシャ湾で高まる緊張と日本に期待される役割

2019-05-27
貫井 万里(公益財団法人 日本国際問題研究所)
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 2019年5月上旬に米トランプ政権が空母アブラハム・リンカーンと爆撃部隊をペルシャ湾に派遣して以降、急速にイランとアメリカの緊張が高まっている。そうした中、5月16日に急遽訪日したイランのモハンマド・ジャワード・ザリーフ外相は、河野外相と安倍首相に面会し、イラン核合意維持のために日本の理解と支持を求めた。中東で互いに対立する国々のいずれとも良好な関係を持つ日本は、5月25日からトランプ米大統領を国賓として迎え、6月にはG20サミットをホストする立場にあり、ペルシャ湾の戦争回避を仲介する上でまさに格好な位置にいる。

1. アメリカによるイランに対する挑発行為

 今から1年前、米トランプ政権は、イラン核合意から離脱し、12項目の要求を受け入れるまでイランに最大限の圧力をかけ続けることを公言した。その12項目の要求には、ウラン濃縮の完全停止、プルトニウム再処理の凍結、重水炉の閉鎖、弾道ミサイル開発の中止、国連原子力機関(IAEA)による軍事施設を含む無制限の査察の受け入れ、中東の「テロ組織」支援と近隣国への脅迫行為の中止、シリアからの軍事顧問や民兵組織の撤退など、イランには受け入れがたい内容が含まれている。

 アメリカ側の圧力にもかかわらず、イランはこれまで協議に応じず、核合意を維持して国際世論を味方につけつつ、トランプ政権の終了をひたすら待つ「忍耐戦術」に入った。アメリカ政府が、2018年8月7日と11月5日の2段階に分けて経済制裁を再開したため、イラン経済は大きな打撃を受けている。イラン通貨リヤールは三分の一以下に下落し、インフレ率は40パーセント以上上昇し、生活必需品価格の高騰により、庶民の生活は苦しくなる一方である。イラン政府内では、ガソリンや食料品などを1980-88年までのイラン・イラク戦争期と同様に配給制にすることさえ検討され始めている。

 しかし、それでもまだ「屈服」をしようとしないイランにしびれを切らした米政権内の強硬派がさらなる揺さぶりをかけて行っているのが、4月以降の一連の強硬策である。

 4月8日にトランプ政権は、イランの精鋭部隊イスラーム革命防衛隊(IRGC)をテロ組織に指定した。これは、アメリカが他国の正規軍をテロ組織に指定した初めてのケースとなる。この措置に対抗して、イラン国家安全保障最高評議会も、アメリカ中央軍(USCENTCOM)をテロ組織に指定した。ちなみに、日本は4月9日に、アメリカの動きには追随せず、イランとの対話を重視していく考えを河野外相が発表し、冷静な対応に努めている。国防総省とCIAは、中東各地に派兵している米軍への攻撃を恐れ、IRGCのテロ指定に反対したが、ポンペオ国務長官とボルトン国家安全保障補佐官が押し切ったと報道されている。その後、多くの識者が懸念していた中東での対立激化がまさに現実となりつつある。
 アメリカは、4月22日にイランの石油収入をゼロにするために、昨年11月以降、日本を含む8か国に付与していていたイラン産原油禁輸の免除措置を打ち切り、全面禁輸に踏み切った。5月2日以降にイランとの原油取引を行った企業や個人は、米国による制裁の対象となる。国家の歳入の6割を石油収入に依存するイランにとっては、大きな打撃である。イラン産原油の輸入継続を求めて交渉を行ってきた日本やトルコ、中国、インド、韓国の間では強い落胆が広がった。こうしたアメリカの対イラン強硬策を、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)は、市場の原油価格への影響を緩和するために原油を増産することで支えている。

 アメリカは、軍事面でもイランへの圧力を強めている。「イラン傘下の武装勢力などがイラク駐留の米軍に対して攻撃を計画している」との情報がイスラエルから寄せられたことを受け、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)を中心とする安全保障チームが緊急会議を開き、前述の通り、5月5日に空母アブラハム・リンカーンや爆撃部隊などペルシャ湾への派遣とパトリオット・ミサイルの配備を決定した。2018年9月に、IRGCに近いイラクの民兵組織が在バグダード米国大使館近くに迫撃砲弾を撃ち込んだ際、ボルトン補佐官は国防総省にイランに対する軍事作戦を立案するよう指示したが、当時、マティス国防長官らの反対にあい、断念した経緯がある1。しかし、今や、トランプ政権内には対イラン強硬派を阻止する勢力は見当たらない。



2. イラク戦争開戦時と似た「怪しげな」危険情報と「チームB」の暗躍

 アメリカ国内外には、米政府のペルシャ湾での軍備増強の根拠とする、「イランとアル=カーイダの連携説」や、イスラエルからもたらされたとされる、「イランやその傘下の民兵による中東のアメリカ軍や施設に対する攻撃が迫っている」との情勢認識に対して、識者や米議会内でも疑義を唱える声は大きい。5月14日にイラクとシリアで「イスラーム国」掃討を目的とする米軍主導の有志連合に加わる英軍報道官のクリス・ギカ少将は、5月14日に中東におけるイランの脅威は深刻化していないと断言し、米国の主張とは真っ向から対立する見解を示した。米ブルッキングス研究所のブルース・リデル氏は、「イスラエルとサウジアラビアがアメリカを新たな戦争に引き込もうとするのを許してはならない」と題するコラムで、イラク戦争における失敗を繰り返す可能性を警告している2。ペルシャ湾岸地域へのアメリカの軍備増強の中で偶発的な出来事によって大きな紛争を誘発する危険性が懸念されている3

 イラン政府は、こうした「イランによる挑発行為の疑惑」を断固として否定している。ザリーフ外相は、名前の中にBの綴りがあるボルトン国務長官、ベンヤミン・ネタニヤフ首相、サウジのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子、UAEのムハンマド・ビン・ザイド皇太子の4人から成る「チームB」の陰謀によってイランとアメリカが一触即発の状態に引き込まれつつあると主張する4
 確かに、偶然にしてはでき過ぎの事件が続いている。5月12日、アラブ首長国連邦(UAE)の沖合でサウジアラビアのタンカー2隻を含む4隻の船舶が攻撃された。これに関し、米政府関係者は、イランの犯行説を当初から唱えており、17日のロイター通信の報道によれば、ノルウェーの保険会社が、イランの「イスラーム革命防衛隊」が攻撃に関与していた疑いが濃厚であるとの評価を下したとされる。2日後の5月14日には、イエメンのフーシー派がドローンでサウジアラビアの石油パイプラインのポンプ施設二か所を攻撃し、これに対し、サウジのファーレフ石油相やジュベイル国務相はイランの命令で行われたとこぞってイランを批判した。

 さらに、サウジ政府系新聞アラブ・ニュースの社説は、「イラン犯行説が濃厚な最近の攻撃に報復するために、アメリカは、シリアのアサド政権に行ったようにイランにピンポイント攻撃をするべきである」とさえ主張している5。内戦で混乱しているシリアとは異なり、1988年にイラン・イラク戦争が終了して以来、他国の侵攻を許したことがないイランが、ピンポイント爆撃を甘んじて受けるとは到底考え難い。そうなると、結果はイラン国民を挙げての侵略への総抵抗と、さらには中東各地のイラン系民兵組織によるアメリカや親米国の軍隊や施設への攻撃が開始され、中東全体に戦線が拡大する恐れがある。

3. 本音では仲介を望むトランプ大統領とイランの政治指導者

 アメリカの圧力に対し、5月8日に、ロウハーニー大統領は、低濃縮ウラン(上限300キロ)と重水(上限130トン)の保有について、規定上限量に従わないことで、JCPOAの一部履行を停止すると発表した。また、イランは、JCPOA締約国が60日以内に、金融取引や原油取引に関する義務を履行し、「貿易取引支援機関(INSTEX)」を始動させなければ、規定されたウラン濃縮の上限3.67%やアラーク重水炉の改修義務も放棄するなど、段階的にJCPOAの義務を放棄する方針を表明した。なお、核合意では、イランの濃縮ウランと重水の貯蔵量を上限内にするために、輸出が認められているが、米国による制裁で実質的に輸出はできない状態となっている6。従って、今回のイランの措置は抑制的なものともいえる。

 イランが核合意履行の一部停止を表明したことを受け、アメリカは、5月8日にイランとの鉄やアルミニウム、銅の取引を新たに制裁対象に加え、対イラン制裁をさらにエスカレートさせている。ハーメネイー最高指導者が原油全面禁輸を受けて、非石油製品の輸出を振興し、国民で一致団結して、トランプ政権に圧力に耐え抜こうと号令をかけていた直後だけに、その痛手は大きい。
 他方で、5月13日には12万人の米軍増派計画が、ボルトン大統領補佐官の命令で国防省によって策定されたと報道されると、トランプ大統領は、「イランと戦争するつもりはなく、あくまでイランの政治指導者たちと交渉をしたい」と戦争を打ち消す発言をしている。事実、イランにおけるアメリカの利益を代表するスイス大統領にホワイトハウスの直通電話が渡されたという。この発言後、「イラン最強硬派のボルトン補佐官及びポンペオ国務長官と大統領の間に隙間風ができており、トランプ大統領は両者に不満を持っている」との憶測がメディアで飛び交っている。5月27日の日米首脳会談冒頭の記者会見で、トランプ大統領は「日本によるアメリカとイランの仲介に期待する」と発言しているように、イラン側との接触の機会を本気で考えている可能性がある。

 対するイラン側も、ハーメネイー最高指導者が「アメリカと戦争をする意図はないが、攻撃されたら反撃する」と主張する。ザリーフ外相をはじめとするイラン政府は、ペルシャ湾での偶発的な衝突を回避するために、慌ててアメリカとの対話のチャネルをいくつかのルートを通して探り始めているような動きを見せている。その一つが日本である。

 しかし、1979年のイラン革命以来、イラクによる侵攻、9.11事件以降、ブッシュ政権による「体制転換」政策の脅威など、アメリカや近隣のアラブ諸国による軍事的な威嚇と制裁の中を生き抜いてきたイランにとって、簡単にアメリカに屈服するのは難しい。とはいえ、戦争回避の手段の一つとして、「面子をつぶさない」ふさわしいセッティングでのトランプ大統領との会談に前向きな姿勢を示し出しているとみられる。
 ほぼ外遊の実績がなく、表立ってアメリカへの不信感を露にしてきたハーメネイー最高指導者は、自らの信条と、万一、会談が失敗した時のダメージを考慮して、トランプ大統領に会う可能性は低い。そこで、まだ可能性があるのが、ロウハーニー大統領である。2013年にオバマ大統領と電話会談しただけで、国内の保守派から激しい攻撃に会ったロウハーニー大統領ではあるが、任期をあと2年残すのみとなり、今、トランプ大統領と会って、少なくとも戦争回避ができれば、たとえ政治的生命を一時的に失っても、やってみるだけの価値はあると考える可能性が高い。対するトランプ大統領も、ひとまずは戦争を回避し、革命後、イランの大統領と直接会談した初めてのアメリカ大統領という事実だけでも、彼と彼の支持者の自尊心を満足させることになるだろう。

 現時点で、両者と良好な関係を持ち、最高にふさわしいセッティングを用意できるのは、日本である。5月27日の日米首脳会談に際して、安倍首相は緊張が高まるアメリカとイランの仲介を提案し、6月中旬に日本の首相として40年ぶりにイランを訪問する予定と報道されている。今後、例えば、6月28-29日のG20サミットに合わせて、ロウハーニー大統領を特別ゲストとして招待し、サミットと並行してイランとアメリカの首脳会談を演出させるという段取りも考えられるであろう。そして、さらに余力があれば、G20のメンバーのサウジアラビアとイランの協議をお膳立てしつつ、G20の全体会合でペルシャ湾と中東の緊張緩和に向けた提言をまとめあげることができれば、日本はまさに外交手段で国際平和に貢献し、G20のホスト国としてふさわしい役割を果たすことになる。そして、仲介役を担う上で、日本はあくまでイラン核合意を支持し、核兵器不拡散条約(NPT)体制を尊重するという強い姿勢を世界に示すことは、北朝鮮の核兵器と弾道ミサイル開発に反対する明確なメッセージともなり、来年のNPT運用検討会議に向けて機運を盛り上げる上でも資することになるだろう。

 石油の9割を中東から輸入する日本にとって、ペルシャ湾の安寧は、日本経済の安定に欠かせない死活問題である。



(2019年5月27日脱稿)








1 2019年5月7日付日経新聞「米、軍事圧力強める。中東に空母派遣。北極圏で演習」<https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44479040X00C19A5FF8000/>, accessed on May 8, 2019.

2 Bruce Riedel, "Don't Let Israel and Saudi Arabia Drag the U.S. into Another War," Order from Chaos, May 15, 2018, Brookings Institute, <https://www.brookings.edu/blog/order-from-chaos/2018/05/15/dont-let-israel-and-saudi-arabia-drag-the-u-s-into-another-war/>, accessed on May 17, 2019.

3 2019年5月9日ニューズウィーク「イラン戦争に突き進むアメリカ」<https://news.goo.ne.jp/article/newsweek/world/newsweek-E239387.html>, accessed on May 10, 2019.

4 2019年5月18日付BBC Persia「ザリーフ:トランプと異なる発言をチームBがしている」<http://www.bbc.com/persian/iran-48318658>, accessed on May 19, 2019.

5 Adam Taylor, "Who Actually Supports Military Strikes against Iran?," The Washington Post, May 17, 2019, <https://www.washingtonpost.com/world/2019/05/17/who-actually-supports-military-strikes-against-iran/?utm_term=.42cf9bed9693>, accessed on May 19, 2019.

6 2019年5月9日付ロイター「米がイランに追加制裁、金属など標的。イランは核合意履行を一部停止」、<https://jp.reuters.com/article/trump-iran-sanction-idJPKCN1SE2LA>, accessed on May 10, 2019.