コラム

『China Report』Vol. 3
習近平政権における世論統制の方針

2016-07-04
江藤名保子(日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員)
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※本レポートは、平成28年度日本国際問題研究所研究プロジェクト「国際秩序動揺期における米中の動勢と米中関係」のサブ・プロジェクトの一つ「中国の国内情勢と対外政策」(中国研究会)における研究成果の一部である。

はじめに
 中国社会における政治的な言論空間が縮小の一途を辿っている。2013年ごろから相次いだリベラル派知識人に対する拘束、逮捕はさまざまなメディアで報じられ、注視されてきた。2015年7月には、9日から16日にかけての1週間で200名を超える弁護士等の人権活動家が拘束され、耳目を集めた。しかし中長期的に問題を考える際に、より大きなインパクトを有するのはこの間に進んだ言論・思想統制に関する新たな制度構築の進展ではないだろうか。ここでは2015年に明らかになった制度枠組みを手掛かりに、現状分析を試みる。なお本稿は、習近平政権が目指す世論対策への考察の中間報告にあたる。

1.2015年にみる社会管理体制の強化
 まず2015年に新たに施行された法律と重要会議を取り上げよう。思想統制の制度重視の方針が提起されたのは2013年11月に開かれた中国共産党第18期中央委員会第3回全体会議(以下、第18期3中全会)であり1、それから次第に重要な法律や組織が整備されてきた。その中から浮かび上がってくるのが、「法治」の大号令の下で各種の法整備を進めつつ、既存の組織も活用し、より継続的かつ恒常的な世論コントロール・システムの構築を目指す共産党の姿である。
(1) 関連法の拡充
 中国の言論の自由に対する大きな懸念と受け止められたのが、2015年7月1日の「国家安全法」の成立である。中国には1993年に成立した同名の法律が存在したが、これは2014年に「反間諜法(反スパイ法)」に改正され、スパイ取締りを目的とするより具体的な規定内容として、刑法、刑事訴訟法、行政強制法、行政処罰法等の関係規定との整合性が図られた。同法のもとで、2015年に遼寧省、浙江省、上海市、北京市で各1名の日本人がスパイ容疑で拘束・逮捕されたことは記憶に新しい。一方、新しい「国家安全法」はネット空間、宇宙空間、深海、極地などの広い領域において「中国の活動や資産を守る」ことだけでなく、国内の治安維持のための取締規定および密告などを含めて国民が行うべきことを義務づけた。また2015年12月27日には「反恐怖主義法(反テロ法)」が第12期全国人民代表大会(全人代)常務委員会第18回会議を通過し、翌2016年1月1日に施行された。その他に2015年7月に草案が公開された「サイバー安全法」についても検討が進められており、治安を目的とした法体制強化が進んでいる。
(2) 伝統的手法の刷新、強化
 共産党は従来から、社会の各組織に党組織を設置し、網の目のように党の「指導」体制を張り巡らせてきた。近年には急速に増加する私営企業やNGOなどの民間組織に対しても党組織を設置させることで取り締まりを強化するなど、伝統的な統治手法においても現状にあわせた刷新、強化を図っている。ここでは2015年に強化された手法を2つ検討する。
  ① 統一戦線工作
 「統一戦線」とは、建国以前から共産党が用いてきた概念で、共産党が党外の諸勢力と共同で政策を実施する際に広く用いられる2。2015年5月18日から20日にかけては中央統一戦線工作会議(以下、中央統戦会議)3が開催された。同会議の講話で習近平は「高度に重視する」対象として「新しい経済組織、新しい社会組織のなかの知識人」に言及し、具体的には留学した人材、ネットなどの新しいメディアを代表する人材(すなわち著名なブロガーなど)を挙げた。この間、5月18日付で「中国共産党統一戦線工作条例(試行)」が施行された。10章46条からなる同条例のうち、1章をかけて「党外の代表的な人士」の育成、使用、管理について具体的に規定し、オピニオン・リーダーの取り込みが奨励された。さらに7月30日には中央統一戦線工作領導小組が設立されており、各部門をまたいだトッププダウン型の統一戦線工作が進められていると推察される。
  ② 群集団体・人民団体工作
 2015年7月6日から7日には、共産党が主催する「中央による党の群衆団体工作に関する会議(中央党的群団工作会議)」が初めて開催された4。習近平は同会議において、その目的を「新しい形勢下で党が直面する群団工作の新しい状況や新しい問題を分析し(中略)党の群団工作の新局面を切り開く」と述べた。7月9日に新華社が発した「中共中央の党の群団工作を強化改善することに関する意見」によれば、「新局面を切り開く」ための具体的な目的と手段は、各級党委員会の指導の強化、「社会主義の核心価値」の涵養と実行、大衆の合法権益のサポート、人民団体の作用を活かす政策研究、「維権熱線」「網絡論壇」「手機報」「微博」「微信」などの新しいメディア・プラットホームを総合的に運用した指導と動員等である。ネットを利用して社会に対する党の影響力の浸透を図る指示が出された点に留意すべきであろう。

 以上のような施策からは、社会の変化に合わせて制度を再編し、共産党の影響力を維持・強化しようとする姿勢がうかがえる。だがそこには、民衆を制度によってコントロールしつつ、同時に民衆からの支持を獲得するための合法性や便益を提示しなければならないという共産党の微妙な立場が浮き彫りになっている。

2.世論統制策の特徴
 以上のような法整備や制度改革には、どのような政策的特徴がみられるだろうか。この問題に対して本論では、以下の3点を指摘したい。
(1) 海外からの政治思想的影響を抑制
 2013年ごろから急速に進んだ言論統制の強化のなかで特に敏感な問題として浮上したのが、「西側」の影響をいかに排除するか、という取り組みである。たとえば改革派ジャーナリスト高瑜が、共産党中央弁公庁が2013年4月22日に内部通達した「現在のイデオロギー領域の状況に関する通報」(いわゆる「9号文件」)を国外に漏えいしたとの容疑がかけられ、2015年4月17日に懲役7年の実刑判決を受けたのは極めて象徴的であった。「9号文件」とは、①西側の憲政民主、②「普遍的価値」、③市民社会、④新自由主義、⑤西側の報道観、⑥「歴史的虚無主義」5、⑦改革開放への疑念、などの政治思想面での「西側反中国勢力」と国内の「異見分子」の喧伝を警戒すべしという通達で、中国における西側の思想的影響に対する危機認識を如実に反映したものといえよう。
 こうした危機認識は「西化分化」批判として知られている。「西化(西洋化)」とは、西側諸国の民主主義や自由などのいわゆる普遍的価値を受容することを指し、「分化(分裂化)」は直接には国家分裂の動きを意味するが、特にチベットや新疆等の少数民族自治区での反政府的傾向を指す。すなわち、「国際的な敵対勢力」が中国を内側から崩壊させるために、誤った思想や文化を戦略的に浸透させてきている、という認識である。管見の限りでは習近平個人が「西化分化」と発言した記録はないが、2014年2月17日に開かれた省部級の主要幹部によるテーマ検討グループでの習近平講話は、「西化分化の罠」6と「中所得の罠」からなる「2つの罠」7への警戒として報じられていることから、習近平政権に「西化」と「分化」への危機意識が継承されていると考えられる。
(2)「社会主義」の称揚
 上述の「西側」政治思想の抑制と表裏一体で進んでいるのが、「社会主義」の称揚である。習近平は、2013年8月の全国宣伝思想工作会議において「マルクス主義をイデオロギー領域の指導的地位におく」と述べ、「社会主義」を重視する姿勢を示した。ただし現在の共産党が称揚する「社会主義」は、「社会主義の核心価値」に集約される新しい政治イデオロギーであり、いわゆる社会主義イデオロギーとは区別する必要がある。2013年12月23日に党中央弁公庁が発出した「社会主義の核心価値の育成と覆践に関する意見」によれば、これは「富強、民主、文明、和諧,自由、平等、公正、法治,愛国、敬業、誠信、友善」の24文字に示される広範な道徳観を指す。ただし、この中に含まれる「民主」や「自由」の概念は公式に中国の国情にあった独自性を有すると定義されており、「西側」が主張する「普遍的価値」とは区別される。
(3)独自の発展理論の模索
 上述の2つの方針を包括すると考えられるのが、中国独自の発展の希求であり、そのための「中国の夢」の理論化である。たとえば2013年3月の第12期全人代第1回会議で習近平は、「中国の夢」の実現のためには、①中国の特色ある社会主義の道を歩まなければならない、②中国精神を発揚しなければならない、③中国パワーを凝集させなければならない、と語り「中国精神」という概念を提起した。『中国網』によれば「中国精神」とは「愛国主義を核心とする民族精神であり、改革と革新を核心とする時代精神である」と定義される。これはいわば、ナショナリズムの発揚と経済発展の称揚を意味している。つまり経済発展論に通ずる概念を、「中国精神」という独自の表現に転換しているのである。
 こうした独自色の強調について、2013年8月に開かれた全国宣伝思想工作会議で習近平は「中国の特色を宣伝し解説するには、すべての国家の民族と歴史伝統、文化蓄積、基本的国情が同じではなく、その発展の道も必然的に自らの特色を備えていることをはっきり語らなければならない」と述べていた。中国独自の発展モデルに対する理論武装であると考えてよいだろう。

結論
 習近平政権下で2013年ごろから進められてきた社会管理メカニズムが、2015年には実際の法律や組織の拡充といった形で具現化した。一連の政策の目的は、民衆に対する言論の規制に加え、共産党に対する支持を担保するための思想統制を強めることにあると考えられる。これにより、民衆を権力によってコントロールしつつ、民衆からの支持を獲得しなければならないという共産党の微妙な立場が浮き彫りになってきた。だが現在の中国において、社会の多様化や国際社会からの影響を止めることは、ほぼ不可能である。むしろ、中国の国際社会における地位が重要性を増すほどに、国内外からの政治的変革圧力は高まるだろう。では、こうした内外からの圧力に共産党はどのように折り合いをつけていくのか。今後の課題として引き続き検討を重ねたい。



1 及川淳子「習近平政権下の社会問題――『維穏体制』をめぐる諸問題」『国際問題』No.631、32-41ページ。

2 詳細については江藤名保子「中国共産党の求心力――新しい統一戦線の目指すもの」東京財団『Views on China』2015年7月7日掲載(http://www.tkfd.or.jp/research/project/news.php?id=1538)。

3 これまで中国共産党は「統一戦線」を定める国家レベルの会議として全国統一戦線工作会議を数年おきに開催しており、直近では2006年7月に第20回会議を開催していた。

4 「群団」とは「群衆団体」の略で、日本語の大衆団体に当たる。もともとは建国前に存在した民間結社が、建国時に政治協商会議の構成メンバーとして民主党派や「群衆団体」(または「人民団体」)として再編されたもので、「中華全国総工会(全総)」、「中国共産主義青年団(共青団)」、「中華全国婦女連合会(婦連)」などがある。

5 「歴史的虚無主義(歴史的ニヒリズム)」とは、歴史問題に関する党の公式な解釈――いわゆる共産党史観――を否定する考え方を、批判的に指摘する用語である。

6 「着力提高治理能力 切実防止“両個陥穽”」『求是』(『求是理論網』2014年4月1日掲載)、2015年7月29日確認、http://www.qstheory.cn/zxdk/2014/201407/201403/t20140328_334854.htm

7 中国の「2つの罠」の議論は元来、経済発展に伴う「中所得の罠」と計画経済から市場経済に移行する際に起こる「体制移行の罠」を指し、「西洋」概念とは関わりがなかった。