コラム

『China Report』Vol. 9
習近平政治の検証④:

集権のジレンマ ―習近平の権力の現状と背景(下)―

2018-02-16
角崎信也(日本国際問題研究所研究員)
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 本レポートは、2017年10月に開催された第19回中国共産党全国代表大会(19全大会)を軸に、習近平の有する「権力」の現状と背景を論じようとするものである。本レポートの焦点は、習近平の権力が強化されているという事実を確認することよりも、習近平の権力を制約する諸要素に、あるいは、習近平個人の権力欲や能力よりも、習近平への権力集中を可能にした時局的背景に当てられる。
 前稿(上)では、習近平の有する権力の「均衡点」の所在を論じた。そこでは、習近平は短期間で大きな権力を獲得することになったのと同時に、それが個人独裁化することに対しては厳しい制約が課せられていることを明らかにした。これに続き、本稿では、習近平の権力が含意するこうした両義性の背景を論ずる。

2.習近平の権力はなぜ強化され、また制約されるのか?
 
(1)なぜ習近平に権力が集中するのか?
①「反腐敗闘争」の効能
 習近平の短期間での権力強化について、多くの観察者は、「反腐敗闘争」を通して習近平が権力闘争に勝利したことを指摘している。むろん、そうした見方は誤りではない。ただし、「反腐敗」と習近平の権力強化との因果関係をもう少し俯瞰的に捉えれば、「反腐敗」の重要性はむしろ、習近平個人が組織(人事)面において有する影響力を急激に高めたことにあるように思われる。
 超官僚制国家たる中国において、幹部の昇進や降格ないし失職を判断する基準を定める権限を有するリーダーは必然的に、官僚制内において極めて大きなパワーを獲得することになる。この意味において、人事権を掌握することは、指導者の強大な権力を保障する最大の源泉の一つである。むろん、ある程度成熟した制度を構築している官僚制国家において通常、権力者個人が随意に幹部を異動させることは困難であり、このことは現在の中国にも当てはまる。ただし、習近平政権下の5年間は、こうした制度が厳格には機能しない状況が、「反腐敗闘争」によって生み出されていたと考えられる。
 いわゆる「反腐敗闘争」は本来、「党風廉政建設および反腐敗闘争」の略称に過ぎない。したがって、「反腐敗闘争」における摘発の対象には、一般的にイメージされる腐敗行為、すなわち経済的な利益を不当に得る収賄行為に限られるのではなく、党の紀律に対する違反行為も含まれることになる。それのみならず、実態からみるに、その重点はむしろ後者の方にある1
 では、党の紀律に違反する行為とは何か。これに関して習近平は、「党の紀律を厳正にするということはすなわち、主として政治紀律を厳正にするということである」とした上で、「党の政治紀律を遵守することの最も核心的なことは、…党中央との高度の一致を保持し、中央の権威を自覚的に維持するということである」と述べる2。これらから明らかなように、いわゆる「反腐敗闘争」の目的には、党中央に対する忠誠、ならびに党全体の一体性の強化が明らかに含まれている。このことは、習近平やその人脈に連なる紀律検査系統の幹部が、党中央、ひいては習近平の下した方針や政策から逸脱した者を、「反腐敗闘争」の文脈の中で摘発し、処分することが可能であったことを意味するだろう。
 1942年の「整風」運動や57年の「反右派闘争」、あるいは66年からの「文化大革命」がそうであったように、指導者の権威が急激に高まるのは、指導者との一致性以外に基準の曖昧な粛正運動が、高級幹部を巻き込んで展開される局面においてである。非常に摘発範囲の広い「反腐敗闘争」が、19全大会を控えた大規模な人事流動と同期して展開されている中、多くの幹部は、習近平を賞賛し、その方針に従うことを積極的に、ときに過剰にアピールした。それは、そうすることが政治的な保身と昇進に直結する雰囲気が醸成されていたからであり、このことが習近平に対する権力の集中に一役買ったものと判断できよう。
 これと同様に重要なのは、19期における党中央幹部の選抜において、過去とは異なる方式が採用され、そうした方法が、習近平個人の意向を反映しやすいものになっていた点である3。習近平政権は、中央幹部選抜の過程において、これまで重視されてきた予備選挙方式を、組織的腐敗(「賄選」)の温床として否定し4、代わりに調査および(ときに自らによる)面談の方式を多く採用した。この際、評価基準の重点の一つとされたのは「習近平同志を核心とする党中央の権威と集中統一領導を自覚的に擁護していること」であった5。これは、19全大会に伴う中央指導部の入れ替えにおいて習近平は、制度的にも、自身に忠誠を誓う幹部を選抜することが可能であったことを意味する。

②胡錦濤政権期に対する反省
 こうした組織面における影響力は、疑いなく、習近平が現在の権力を手にする上で不可欠の要素であったといえるが、他方でそれは、習のパワーの帰結でもある。激しい「反腐敗闘争」にせよ、リーダーの選抜プロセスの改定にせよ、一定程度の強力なパワーを背景に持たずして実行することはそもそも不可能であるように思われるからである。では、習近平への権力集中を可能にした諸要素の根源はどこにあるのか。この点について、改めて指摘すべきは、習近平政権はそもそも、集権的な指導者が求められている状況下において誕生した政権であったということである。
 前の胡錦濤政権期の政策決定過程を揶揄する言葉に、「九龍治水」がある。「九龍治水」は、降水を司る龍が多数に及ぶことで、異なる意見の統一が図られず、結果どの龍も降雨の管轄に責任を負わなくなる現象を指す。日本語では、「船頭多くして船山に登る」がその意に近いだろう。ここでいう「九龍」は言うまでもなく、胡錦濤政権期の9人の常務委員を指す。例えば鄭永年(シンガポール国立大学東アジア研究所所長)は、「18全大会以前の中国の最高領導機構は分権状態にあり、『九龍治水』と言われた如く、高層の権力が9人の常務委によって共有され、各人がそれぞれ一部門を管理し…各常務委が自身の領域において絶対的な権力を有していた」ことを指摘している6。集団領導・分業体制の下、9人の常務委は、組織部門、宣伝・イデオロギー部門、紀律検査部門、司法・公安(政法)部門等をそれぞれ管轄し7、それぞれの部門で排他的な権限を有したため、部門ごとに権力が事実上「分散」する状況に陥っていた。鄭永年のこの論評は、中央党校マルクス主義学院の李海青や中国社会科学院マルクス主義研究院の陳志剛など、党中央に近いと見られる機関の研究者によって、ほぼそのままの表現で引用されている8。また、清華大学の孫立平は、鄭永年の論考が出る以前に、「九龍治水」の言葉を用いて胡錦濤期(17期)の集団領導の状態を表現している9。このことは、胡錦濤政権期における行き過ぎた権力分有、あるいは「分散」が、習近平政権の運営において反省すべき材料として、党の中枢に近い有識者の間で広く認識されていたことを示している。
 では、胡錦濤政権の権力「分散」は、いかなる政治的問題を帰結させていたのか。第一は「腐敗」であり、とりわけ、王岐山(前中央紀律検査委員会主任)のいう「最大の腐敗」であるところの「政治腐敗」である。王によれば、「政治腐敗」とは、「利益集団を結成し、党と国家の権力を簒奪しようたくらむこと」、および「山頭主義(派閥主義)・宗派主義(小集団主義)で非法組織活動をやり、党の集中統一を破壊すること」を指す10。この問題に関して、例えば人民大学の辛鳴は、党内民主を過剰に重視することで「既得利益集団が形成されてはならない」とした上で、「あってはならない、というのは、事実としてないということと同義ではない」と述べ、「山頭主義、団団夥夥(徒党を組む)、“我々の縄張りのことは我々が決める”、党の集中統一領導が“九龍治水”に変容する」などの現象がすでに現れていることを指摘した11。すなわち、常務委員会内部における過剰な権力分有は、各常務委を頂点とした、行政レベルをまたがる各種利益集団ないし派閥の形成を惹き起こし(または助長し)、結果、党中央、とりわけ総書記の権威と、党としての一体性が脅かされる事態が生じていたものと考えられる。「習近平同志を核心とする党中央の権威をさらに断固として維持しなければならず、さらに自覚的に思想上・政治上・行動上習近平同志を核心とする党中央と高度の一致を保たねばならない」ことが度々強調されるのは12、こうした事態が生じていたことの証左でもあろう。
 権力「分散」の政治的帰結の第二は、とりわけ経済発展パターン転換に関わる政策決定・執行の遅滞である。すでに別稿で論じているため詳細は省くが13、胡錦濤政権期において経済構造改革は政権の最重要課題として位置づけられていたにも関わらず、10年間を経ても遅々として進まなかった14。その原因として、鄭永年は、「党内民主と集団領導体制の出現により、高層権力が相当程度分散化し、この結果各方面の既得権益が改革のプロセスを両側から抑え込む状況が容易に生じていた」ことを論じている15。具体的にどのような現象が生じていたかは、今後、胡錦濤政権期を「歴史」として研究の対象とし得る状況になって以降徐々に明らかになると考えられるが17、現時点で、上に挙げた研究者らの記述から看取できることの一つは、各常務委が、その担当部門における絶対的な権限を背景に、各々の利益の観点から主張を展開した結果、政策決定が遅滞したこと、または、決定される政策が「総花化」し、改革のメッセージが曖昧化したことである17。もう一つは、各常務委を頂点に形成された利益集団が改革に対する抵抗勢力となり、結果、中央の政策がいくつかの地方の執行過程において面従腹背となり、 “政令が中南海を出ない”状況がもたらされたことである18
 胡錦濤政権期の権力「分散」の弊害を指摘した研究者の共通の見解は、習近平に対する権力の集中は、このような状況を打破するプロセスの中で進められたものであったということである19。その重要な一つは、数々の中央領導小組が新設され、習近平が自らその組長に就任したことである。なかでも、2013年の18期3中全会において設立が決定された中央全面深化改革領導小組は、その下部機関に、経済、司法、宣伝、社会管理、紀律検査などを管轄する下部小組を有し、極めて包括的な機能を担っている20。こうした機関の設置の眼目は、中央の権力配置の観点から言えば21、組長のポジションを兼任する総書記が各部門・各機構に及ぶ改革を統一的に差配し、以て、各常務委が担当部門において排他的な権限を行使し、それぞれの利害関心に沿って非協調的に行動する状況を打破することにある22
 もう一つは、2016年の18期6中全会において習近平の党中央の「核心」たる地位が公式に認知されたことである23。前稿(上)でも示した通り、政策決定に関わる制度としての「核心」は、「領導集団の成員の間で意見の分岐が存在し、決定を下すことが難しい特殊な情勢において、成員の意見を集約し、最終的な決議を形成する」権限を有する24。このような「核心」制の再採用は、言うまでもなく、「九龍治水」を打破し、「政策決定の効率を向上させる」ことにその目的がある25
 上記の通り、習近平に対する権力の集中は、円滑な政策決定と執行、および党の一体性を確保するための方策であり、制度建設である。李海青の言を借りれば、それは、習近平による任意の集権ではなく、客観的な情勢に応じた「選択的集権」である、ということになろう。習近平に対する権力の集中の根源は、習の野心、能力、実績にあると言うより、それ以前に、強力なリーダーシップを発揮する最高指導者が必要であるという認識が、(「利益集団」の構成員を除く)党有力幹部の間で広く共有されていたことにある。別稿でも述べた通り26、習近平は、「反腐敗闘争」等を通してその権力を確かに “勝ち取ってきた”一方で、より根源的には、彼は他のリーダーによってその権限を“与えられてきた”のである。

(2)なぜ習近平の権力は制約されるのか?
 では、集権化に対する強い動機が、習近平とその他の多くの幹部の中に存在しているにもかかわらず、習の権力を制約する様々な規定が保持され、実施されているのはなぜか。
 この点に関して、第一に指摘すべきは、民主集中制」およびこれに付随する集団領導制は、レーニン主義の政党として中国共産党が成立して間もなくから一貫して維持されてきた、党の根本に関わる組織原則であるということである。
 おそらく、「集団領導」が党の組織原則として定められたのは、1927年の5全大会において採択された「組織問題議決案」が「中央は集団領導を断固として実行すべき」ことを提起したのが最初であり27、以後それは、毛沢東を含む指導者たちによって長く堅持されてきた28。1957年の「反右派闘争」から毛沢東が死去する76年までの間、実際上、個人専横の時期が続くことになるが、その期間も、組織規定としての民主集中制ないし集団領導が放棄されたわけではなかった。「改革開放」以降に、集団領導に関する数々の規定が具体化することになるが(後述)、それは、専横的な志向を持つ党最高指導者によって集団領導の原則が再度等閑視されることを防ぐための「制度化」の一環であった29
 このように、民主集中制および集団領導制は、建党当初以来、中国共産党という組織の在り方そのものに関わる原則であり、またそれは、「改革開放」以後に建設された様々な制度の組み合わせによって補強されている30。したがってそれは、毛沢東期よりもはるかに動揺しがたいものになっており、ゆえに習近平への権力集中は、こうした歴史に深く埋め込まれた原則を前提として、あくまでその枠内で進められることになると考えられる。
 第二に、おそらくもっとも重要なことは、「文化大革命」のような、共産党体制の安定性を揺るがす政策的失敗を回避するためには、個人に過分に権力が集中することを防がなくてはならないという教訓が存在していることである。1981年の11期6中全会において採択された「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」(「歴史決議」)は、「主観主義と個人独裁の作風が日増しに深刻になり、日増しに党中央を凌駕し、党と国家の政治生活における集団領導の原則と民主集中制が不断に弱められ、破壊された」ことを指摘した上で、以下のような総括を示した。
 「“文化大革命”の教訓と党の現状に基づき、我々の党を、健全な民主集中制を有する党に成らしめなくてはならない。大衆闘争の中で生まれた徳才兼備の領袖たちが集団領導を実行するマルクス主義の観点を必ず樹立し、如何なる形式の個人崇拝も禁止しなくてはならない」31
 以後、「文化大革命」を通して得られたこのような教訓に基づき、とりわけ鄧小平の主導の下、民主集中制および集団領導制の制度的強化が進められていくことになる32。例えば、1982年の12全大会で採択された新『党規約』では、「少数が多数に服従する原則」と、「いかなる領導者も個人専断を実行し、個人が組織を凌駕してはならない」規則が明記された他、党主席制が廃止され、党総書記制が正式に採用された。1987年の13全大会で採択された修正『党規約』では、「重要問題の決定において、必ず表決を行わなくてはならない」という一文が追加された33。2002年の16全大会における党規約修正では、「すべての重大問題は集団領導、民主集中、個別準備、会議決定の原則に従い、党の委員会の集団討論によって決定されねばならない」ことが規定された34
 このように、「改革開放」期を通して「文化大革命」に対する反省は薄れることはなく、だからこそ、個人専断を防ぐための制度は逓増的に強化されてきた。習近平政権期に入って、「文革」において党や毛沢東が犯した誤りに言及することが回避される傾向にあるのは事実だが、それらは、党の一体性ないし党に対する忠誠の弱化を防ぐための方策の一環とみるべきだろう。この背景を理解する上でもっとも注目すべきは、2013年1月に中央委員会委員および候補委員を集めて行われた会議における習近平の発言だろう。講話の中で習近平は、「改革開放」以前の歴史時期を正確に評価すべきこと、毛沢東を決して全面的に否定してはならないことを強調している。そして、その理由を述べる中で、「ソ連はなぜ解体したのか、ソ連共産党はなぜ政権を失ったのか?」との自問に対する答えとして、「ソ連の歴史、ソ連共産党の歴史を全面的に否定し、レーニンを否定し、スターリンを否定し、歴史ニヒリズムをやり、思想を混乱させた」ことを挙げている35。こうした解釈は、ソ連解体・ソ連共産党解散20周年に際して、胡錦濤政権末期および習近平政権初期に、党・国家幹部の間で広く「学習」材料として視聴された映像資料『蘇聯亡党亡国20年祭』36の製作者たちが示したものとも一致している37。おそらく習近平政権は、ソ連解体20周年の前後に行われたその原因に対する再検討・再学習の過程の中で、党のイデオロギーの支柱となっている過去の指導者を否定することが、党全体の思想的動揺を惹起し、ひいては党の崩壊をもたらし得るという「教訓」を引き出したものと考えられる。そして、おそらくはこのことが、「文革」や毛沢東の誤りを強調する言説が見直されている現在の傾向の背景を成している。むろん、この「教訓」は、個人専横を防ぐべきというもう一つの「教訓」が捨て去られたことを意味するのではない。そのことは、集団領導制を保障する上記の規定のすべてが保持されていることからも38、また、2013年1月の講話の中で習近平が、「歴史決議」を全員がもう一度読むべきことを「建議」していることからも明らかであろう。我々がみるべきは、この二つの「教訓」が「ジレンマ」として存在しているということであって、このどちらか片面のみを強調することは、情勢に対する客観的な分析とは言えないだろう。

総括―「集権のジレンマ」
 
 前稿(上)で示した通り、習近平の権力の現在地は、「集団領導制下の『核心』」であり、その権限は、事実上の個人専断を行っていた1957年以降の毛沢東と、「核心」なき集団領導制下の胡錦濤の中間に位置する。このような総書記の権限は、「文化大革命」期と胡錦濤政権期の二つの10年を経て形成された「歴史的産物」であり、同時に、個人専断防止と権力分散防止の二つの必要に挟まれた「ジレンマの産物」である40。その権限は文脈的に埋め込まれたものであり、習近平個人の任意によって容易に左右し得るものではおそらくない。
 ただしこのことは、党主席制が復活し、習近平がその地位に就く可能性が排除されることを意味しない。党の規約において、党主席に対し個人専断の権限が付与されたことは一度もなく、事実、党主席制を確立した1945年の7全大会以後も、党は民主集中制、集団領導を強調し続け、57年までは基本的にそれを実行してきた41。このことから明らかなとおり、党主席制と集団領導制は本来的に矛盾するものではない。このことは同時に、例え党主席制が復活したとしても、それがすなわち、習近平による独裁の完成を意味するわけではないことを示している。習近平にその意思があるかどうかは不明だが、最高指導者が、集団領導制を事実上等閑視することを防ぐための規定や制度が「改革開放」以後に整備されてきたことを踏まえて言えば、習が事実上の独裁を敷くことは、毛沢東がそれを成したときよりも困難である42。したがって、習近平党主席が現実になった場合も、その権限は依然として「集団領導制下の『核心』」の範疇に留まると考えるべきだろう。
 今後、党指導部が、現体制の長期安定を図る上でより大きな問題となるのは、19全大会によって破られた権力継承プロセスの慣例を、いかにして再確立するかということである。現時点で後継者候補を常務委に抜擢しなかったことは、習近平の「核心」たる地位を保障する上で有利である一方で、もし5年後に最高指導者が交代する場合、その後継者が「核心」足り得る権威を早期に獲得する上で明らかにネガティブに作用する。弱いリーダーの誕生は、胡錦濤政権期を再現しかねず、党全体にとって避けるべき将来だろう。ここに、もう一つの「集権のジレンマ」が存在する。この観点から言っても、習近平が2022年に党主席に「昇進」し43、同時に2027年以後の後継者候補を党副主席ないし首相に抜擢するという展開は、あり得るシナリオだろう44
 だが、19全大会を通して改めて気づかされたように、中国政治の、とりわけ権力をめぐる展開に関する将来予測は、研究者によるものもマスメディアによるものも、ほとんど意味を成さない。我々が為すべきは常に、共産党が辿ってきた歴史的展開(縦軸)と、その時々の共産党指導部が直面している国内・国際的情勢(横軸)に現実を位置づけ45、その観点から、現在生じている事態をできるだけ適切に理解するよう試みることだけである。


1 角崎信也「習近平政治の検証③:反腐敗」『China Report』Vol. 6(2017年3月31日掲載、11月10日改稿)http://www2.jiia.or.jp/RESR/column_page.php?id=269(最終閲覧:2018年1月15日)。
2 習近平「厳明政治紀律、自覚維持党的団結統一」(2013年1月22日)『十八大以来重要文献選編(上)』中央文献出版社、2014年、131-132頁。
3 山口信治「中国共産党第19回全国代表大会の基礎的分析:④習近平政権の確立と課題」NIDSコメンタリー第66号(2017年)。
4 17期、18期の政治局員、政治局常務委員を選抜する際、投票による「推薦」の方式が採用されていた。だが、新華社記者の解説によれば、これは、賄賂による集票によって権力の座を獲得する経路を、周永康、孫政才、令計劃らに与える結果となった。「領航新時代的堅強領導集体―党的新一届中央領導機構産生紀実」『人民日報』2017年10月27日。
5 「領航新時代的堅強領導集体―党的新一届中央領導機構産生紀実」『人民日報』2017年10月27日。
6 鄭永年「没想到十八大後中国発生如此大転型」『観察者』2015年2月2日、http://www.guancha.cn/ZhengYongNian/2015_02_02_308295.shtml(最終閲覧:2018年1月15日)。
7 胡鞍鋼・楊竺松『創新中国集体領導体制』中信出版集団、2017年、46頁。
8 李海青「全面深化改革語境下党的領導核心―基於戦略層面的系統分析」『江西社会科学』2017年第1期、9頁;陳志剛「全面従厳治党維度下的領導体制和執政方式的変革」『観察与思考』2015年第12期(2015年12月)、54頁。
9 孫立平「党的十八届三中全会与中国未来十年的改革和発展」『吉林党校報』2014年5月8日、4頁)。
10 王岐山「開闢新時代 踏上新徴程」『人民日報』2017年10月7日。
11 辛鳴「堅持党的領導的“中国道理”」『南風窓』2016年第14期(2016年7月5日)、http://www.nfcmag.com/article/6557.html(最終閲覧:2018年1月15日)。また、同様の議論を展開しているものに、陳志剛「全面従厳治党維度下的領導体制和執政方式的変革」『観察与思考』2015年第12期(2015年12月)、54頁;鄭永年「十九大与反腐制度建設」『聯合早報』2017年9月26日がある。
12 例えば、「中共中央辦公庁発出通知要求 認真学習宣伝党的十八届六中全会精神」『人民日報』2016年10月29日。
13 角崎信也「習近平政治の検証①:頂層設計」『China Report』Vol. 4(2017年3月31日)http://www2.jiia.or.jp/RESR/column_page.php?id=267(最終閲覧:2018年1月18日)。
14 張卓元『中国改革頂層設計』中信出版社、2014年、前言。
15 鄭永年「中国改革的頂層設計、地方動力和社会力量」『聯合早報』(2011年9月13日)http://www.zaobao.com.sg/forum/expert/zheng-yong-nian/story20110913-56434(最終閲覧:2017年2月11日)。
16 張卓元(中国社会科学院学部委員・社会科学院経済研究所元所長)によれば、「2005年と2006年、ある専門家が、改革法案が既得権益集団によって左右されないようにし、既得利益集団による改革に対する妨害と犯行を克服するため、改革初期の体制改革委員会ないし体制改革弁公室を回復するか、あるいは国務院に改革を領導し協調を図るための機構を設立する必要があると、党中央と国務院に対して建議した」が、「建議は当時採用されなかった」。経緯は不明だが、既得権益集団の存在を知りつつも対処を打てなかった胡錦濤政権期を象徴するエピソードとして見ることもできよう。なお、この「機構」は、習近平政権下において「中央全面深化改革領導小組」として実現することになる。張卓元『中国改革頂層設計』中信出版社、2014年、前言。
17 孫立平「党的十八届三中全会与中国未来十年的改革和発展」『吉林党校報』2014年5月8日、4頁;王春璽・任嬋「改革開放以来党中央集体領導機制的創新及其特点」『行政論壇』2016年第2期(総第134期)、26頁。
18 李海青「六中全会是中央治国理政方略的深度推進」『領導科学論壇』2017年第1期、10頁;陳志剛「全面従厳治党維度下的領導体制和執政方式的変革」『観察与思考』2015年第12期(2015年12月)、55頁;王春璽・任嬋「改革開放以来党中央集体領導機制的創新及其特点」『行政論壇』2016年第2期(総第134期)、26頁。
19 例えば林は、胡錦涛政権後期における政策決定の遅滞、「利益集団」の台頭を指摘した上で、習近平への権力集中をもたらした最大の原因を、「胡錦濤政権後期に現れた政策展開の深刻な行き詰まりとそれに対する指導部内の懸念」に求めている。さらに林は、これは「集団領導制の崩壊というよりは、むしろその内省的発展の一つの帰結とみるのが妥当」と論じている。林載桓「中国の『集団領導制』の制度分析―権威主義体制、制度、時間―」『アジア経済』Vol.58, No. 3(2017年)、13-14頁。
20 中央全面深化改革領導小組に関する詳しい分析は、佐々木智弘「中央全面深化改革領導小組の設置と習近平のリーダーシップ」日本国際問題研究所編『中国の国内情勢と対外政策(平成28年度外務省外交・安全保障調査研究事業)』、2017年を参照されたい。
21 中央-地方関係の観点から見たこうした機関設置の含意については、角崎信也「習近平政治の検証①:頂層設計」『China Report』Vol. 4(2017年3月31日)http://www2.jiia.or.jp/RESR/column_page.php?id=267(最終閲覧:2018年1月18日)を参照されたい。
22 李海青「全面深化改革語境下党的領導核心―基於戦略層面的系統分析」『江西社会科学』2017年第1期、9頁;王春璽・任嬋「改革開放以来党中央集体領導機制的創新及其特点」『行政論壇』2016年第2期(総第134期)、26頁。
23 鄭永年によれば、「核心の確立」が政治的に重要になったのは、胡錦濤政権期に「核心」なき党内民主が進展し、権力が過度に分散・均衡した結果、「現任の領導層が、有効な政策を形成することができず、むろんそれを執行することもできない」等のネガティブな状況が引き起こされていたからである。鄭永年「為甚麼中共要重新確立“核心”」『聯合早報』(2016年11月8日)http://www.zaobao.com.sg/forum/views/opinion/story20161108-687532(最終閲覧:2017年2月11日)。
24 胡鞍鋼・楊竺松『創新中国集体領導体制』中信出版集団、2017年、8頁;李海青「六中全会是中央治国理政方略的深度推進」『領導科学論壇』2017年第1期、9頁。
25 李海青「六中全会是中央治国理政方略的深度推進」『領導科学論壇』2017年第1期、9頁;胡鞍鋼・楊竺松『創新中国集体領導体制』中信出版集団、2017年、8、22頁。
26 角崎信也「習近平政治の検証①:頂層設計」『China Report』Vol. 4(2017年3月31日)http://www2.jiia.or.jp/RESR/column_page.php?id=267(最終閲覧:2018年1月18日)。
27 「組織問題議決案」(中国共産党第五次全国代表大会、1927年4月27日~5月9日)中央档案館編『中共中央文件選集 第3冊(1927)』中共中央党校出版社、1989年、88頁。
28 王春璽「鄧小平対建立中共中央総書記制与集体領導体制的貢献」『政治学研究』2008年第6期、73頁。
29 林載桓「中国の『集団領導制』の制度分析―権威主義体制、制度、時間―」『アジア経済』Vol.58, No. 3(2017年)。
30 林載桓「中国の『集団領導制』の制度分析―権威主義体制、制度、時間―」『アジア経済』Vol.58, No. 3(2017年)。
31 中国共産党中央委員会「関於建国以来党的若干歴史問題的決議」(1981年6月27日)中央文献研究室編『三中全会以来重要文献選編 下』人民出版社、1982年、843-844頁。
32 林載桓「中国の『集団領導制』の制度分析―権威主義体制、制度、時間―」『アジア経済』Vol.58, No. 3(2017年);牛蘭春「鄧小平的権力制約思想」『学習時報』2007年3月5日他。
33 王春璽「鄧小平対建立中共中央総書記制与集体領導体制的貢献」『政治学研究』2008年第6期、77-78頁。
34 王春璽・任嬋「改革開放以来党中央集体領導機制的創新及其特点」『行政論壇』2016年第2期(総第134期)、25頁。
35 習近平「関於堅持和発展中国特色社会主義的幾個問題」(2013年1月5日)中共中央文献研究室編『十八大以来重要文献選編(上)』中央文献出版社、2014年、112-113頁。
36 同映像資料は、党員の教育材料とすることを目的に、中国社会科学院世界社会主義研究中心のプロジェクトチームによって作成されたもの。同資料にはおそらく、2006年に作成された『居安思危:蘇共亡党的歴史教訓』、2012年8月に内部出版された『≪居安思危≫党内教育系列参考片(四集)蘇聯亡党亡国20年祭-俄羅斯人在訴説』、2013年9月に出版された『党内教育参考片(六集)蘇聯亡党亡国20年祭-俄羅斯人在訴説』を含む、いくつかのヴァージョンが存在する。胡錦涛政権末期の2012年3月、中央紀律委員会宣伝教育室は、県レベル以上の党員・幹部に対しこの映像資料を観覧するよう指示を発した。さらに、習近平政権期に入って以後、中央の大衆路線教育実践活動領導辦公室の指示に基づき、2013年9月より、さらに広い範囲の党員・幹部の間で視聴学習会が開催された。『居安思危』課題組「不能対蘇聯社会主義模指採取歴史虚無主義態度―与左鳳栄教授商榷」『馬克思主義研究』2013年第7期、120頁;山口信治「習近平政権の国内政治と対外政策」日本国際問題研究所編『中国の国内情勢と対外政策(平成28年度外務省外交・安全保障調査研究事業)』、2017年、106頁。
37 この資料の作成を取り仕切った李慎明(元社会科学院副院長)は、「域内外の様々な反共反社会主義分子が、フルシチョフの『秘密報告』の論調に追随し、スターリンとスターリン主義を批判することから着手し、レーニンの十月革命を攻撃・誹謗し、さらにソ連とソ連共産党の全てを否定した」ことを指摘している。李慎明「蘇聯亡党亡国20年祭-俄羅斯人在訴説(六集DVD党内教育参考片解説詞)」『中華魂』2014年第6期(上)、63頁。別の論考においても李は、「ソ連解体の根本的な教訓の一つは…スターリンないしレーニンを根本から否定した」と述べている。また、同資料の作成に参加した周新城(中国人民大学マルクス主義学院教授)は、「フルシチョフがスターリンを否定したことは、ゴルバチョフの新思考、人間の顔をした社会主義の思想の淵源であり、それはソ連が資本主義へと演変する起源となった」と論じている。李慎明「正確評価改革開放前後両個歴史時期」 『紅旗文稿』2013年第9期(2013年09月)http://www.qstheory.cn/hqwg/2013/201309/201305/t20130511_229783.htm(最終閲覧: 2018年2月7日);『居安思危』課題組「不能対蘇聯社会主義模指採取歴史虚無主義態度―与左鳳栄教授商榷」『馬克思主義研究』2013年第7期、128頁。
38 「文化大革命」に対する反省として第一に、集団領導と民主集中制の欠如を指摘していた王滬寧(政治局常務委員)は少なくとも、習近平による独裁の支援者ではないだろう。王滬寧「“文革”反思与政治体制改革」『世界経済導報』1986年9月26日。
39 習近平「関於堅持和発展中国特色社会主義的幾個問題」(2013年1月5日)中共中央文献研究室編『十八大以来重要文献選編(上)』中央文献出版社、2014年、114頁。
40 王春璽らは、党中央の領導メカニズムに関して今後探求すべき問題の一つに、「いかにして中央に適度に集中した権力を保持させ、他方で領袖による個人専断を防ぐか」を挙げている。王春璽・任嬋「改革開放以来党中央集体領導機制的創新及其特点」『行政論壇』2016年第2期(総第134期)、26頁。
41 李東朗「毛沢東“最後決定権”問題評析」『中共党史研究』2007年第2期、69頁。
42 さらに言えば(あるいは言うまでもなく)、毛沢東が独裁を成しえた最大の背景は、中国革命を成功させ、一応の社会主義化を成し遂げた彼自身の実績と、それによって裏打ちされ、広く浸透した彼の「思想」、およびそれらを基盤とするカリスマである。また、劉少奇、周恩来、鄧小平を含む他の指導者を信頼しきれず、彼らとは異なる急進的社会主義路線・階級闘争路線を歩もうとした毛には、独裁を行う明確な動機が存在した。これらのいずれも、少なくとも現在の習近平には欠けている。
43 党主席の地位は常務委(総書記を含む)よりも1ランク上位に位置するため、68歳の年齢制限の適用外となると考えられる。
44 ただしこの場合も、むろん、習近平の権力が強力であるほどにその後継者の権力掌握が困難になるという「ジレンマ」が完全に解決されるわけではない。Joseph Fewsmith, “The 19th Party Congress: Ringing in Xi Jinping’s New Age,” China Leadership Monitor, No. 55 (Jan. 23, 2018), p. 18.
45 紙幅の関係で本稿では触れなかったが、2008年の世界金融危機、10年のGDP2位への躍進を経て、社会主義大国としての姿を国際社会に晒すことになったこと、および、11年秋に米国がアジア太平洋への戦略的重点の「リバランス」を明らかにしたことを背景に、中国国内で、資本主義諸国による政治的攻勢(「和平演変」)に対する脅威認識が高まっていたことも、強い権力と権威を有する党最高指導者が求められることになった大きな要因の一つと考えられる。