コラム

『China Report』Vol. 17

中国の国内情勢と対外政策の因果分析③:

内政と外交の接合面

―習近平政権下の「和平演変」警戒論と外交―

2018-03-30
小嶋華津子(慶應義塾大学准教授)
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 2017年10月の中国共産党第19回全国代表大会(第19回党大会)をもって、習近平政権は二期目を迎えた。小論では、習近平政権および中国の将来を、「和平演変」への警戒姿勢がもたらす影響を中心に展望したい。

強まる「和平演変」への警戒
 習近平政権の統治の特徴の一つに、「西側」勢力の「和平演変」に対する強い警戒心がある。それは、中国人民解放軍、中国社会科学院、中国現代国際関係研究院により製作され、2013年6月に公開された教育宣伝用映画『較量無声(静かなる闘い)』に象徴的に現れている。本映画は、アメリカが戦後覇権を追求するべく、NGOをつうじて世界各地で「和平演変」を実行してきた歴史を描いたものである。それによれば、アメリカ政府は、全米民主主義基金(NED)、国際共和研究所(IRI)、フォード財団、カーター・センター、アジア基金会、インターニュースなどをつうじて、各国のNGOや知識人ネットワークに影響力を行使し、親「西側」の代理人を育成し、世論に影響を与えるなどして、中東欧・中央アジア諸国のカラー革命、「アラブの春」からオキュパイ・セントラルまで「和平演変」を企ててきた。次なる標的は、台頭しつつある中国本土である。このような認識に基づき、習近平政権は、発足早々に、中共中央弁公庁より「現在のイデオロギー領域の状況に関する通達」(2013年5月)を発布し、言論界、学術界に対し、憲政民主、「普遍的価値」、市民社会、メディアの自由など「西側」の「誤った」価値観の拡散を禁ずると同時に、「西側」と関係をもつ社会組織やキリスト教組織に対しても、監視と取り締まりを強めてきた。
 全国人民代表大会(全人代)によると、2016年4月時点で、「域外」(国外および香港・マカオ、台湾)に本部を持ち、「域内」で活動しているNGOの数は、環境、教育などの分野を中心に7000以上に上るが、多くが「社会団体」として登記せぬまま活動している状況にあった。そこで習近平政権は、2014年5月から7月にかけ、「域外」NGOの活動や「域内」の組織・個人と「域外」NGOとの関わりについて、全面的な調査を実施し、2016年3月より13回にわたり、計1287の「離岸社団」、「山寨社団」の名簿を公表した。「離岸社団」、「山寨社団」とは、登記条件の緩い「域外」で登記し、「域内」で活動する団体であり、多くが「中国〜協会」「中華〜研究中心」などという名前を冠して会員を募り、会費や研修費、業務許可証発行費用などを徴収しているが、実質的には営利活動を行い、私腹を肥やしていると説明されている(https://baike.baidu.com/item/离岸社团)。
 「域外」NGOを管理するための立法化も進んだ。2014 年 12 月、第12期全人代常務委員会第12 回会議に「国外NGO 管理法案」が提出され、その後検討と修正を経て、2016年4月、「域外NGO域内活動管理法」として採択された(2017年1月より施行)。本法は、第5条に「中国国内での活動において、違法行為、中国の国家統一・安全・民族団結に対する危害、 中国の国家利益や国民の合法的権利利益の侵害、営利活動・政治活動への従事・支援、宗教活動への非合法な従事・支援は禁止される」と明記したほか、「域外」NGOについては、民政部門ではなく公安部門への登記を義務付けるとともに、活動の資金源や収支状況について詳細な開示を求めた。このことは、活動資金の多くを「域外」の資金源に依存しながら、法律の範囲内で可能なかぎりの社会運動を展開してきたNGOにとって、身動きの取りにくい状況をもたらした。
 「域外」とつながりの深いNGO関係者の摘発も相次いだ。例えば、2014年6月以降、差別反対を訴える活動を展開していた「北京益仁平中心」やその関係団体である「鄭州億人平機構」、「杭州蔚之鳴」が警察の捜査を受けた。2014年9月には農村で民間図書館を運営していた「立人郷村図書館」が弾圧を受けて活動を停止した。同年10月には、「北京伝知行社会経済諮詢有限公司」の創立者の郭玉閃らが警察に拘留され、翌年違法経営罪で逮捕された。2015年には、広東省で労働運動を組織していた「広東番禺打工族服務部」「南飛雁社会工作服務中心」「番禺区向陽花社工服務中心」「海哥労工服務部」が摘発された。2016年1月には、法治を推進する団体チャイニーズ・アージェント・アクション・ワーキング・グループ(Chinese Urgent Action Working Group)のスタッフであるスウェーデン国籍のピーター・ダーリン(Peter Dahlin)が中国当局によって「国家安全に危害を及ぼした」とされ、三週間の拘留の末国外追放となった。2月には、女性の権利向上や法律支援などを行ってきた「北京衆沢女性法律相談サービスセンター」が活動停止に追いやられた。全米法曹協会(The American Bar Association)も、中国で司法研修や法の支配の推進を提供するプログラムを行ってきたが、このほど北京の事務所を閉じ、新しい事務所を香港にて登記する決定を下した。同協会は2016年7月、勾留中の中国の弁護士、王宇に国際人権賞(International Human Rights Award)を授与すると発表して以来当局との摩擦を抱えていた。
 NGOと並び、習近平政権は、中国政府の発表で3000万人の信徒を擁するとされるキリスト教会の組織に対しても、取り締まりの手を強めた。多くの信徒が所属している「地下教会」、「家庭教会」に対し、習近平は、全国宗教工作会議(2016年4月)で講話を行い、教会の「中国化」すなわち外国勢力の影響からの離脱を受け入れた「地下教会」、「家庭教会」に対しては、たとえ政府の管理や公認キリスト教組織の指導を受け入れなくとも、説得工作をもって対応するが、外国勢力との関係を断ち切らない教会に対しては容赦なく弾圧するとの方針を示した。
 現時点において、こうしたイデオロギー面での取り締まりや弾圧に対する国内の抵抗の担い手は、直接の関係者に限定され、局部的なものにとどまっている。リベラル派の知識エリートも、一部を除き、多くは言論や学問の自由が失われつつある現状を悲観しつつ、自らの生存を第一に、面従腹背に徹しているように映る。その間、モバイル・アプリケーションの急速な普及にともない、当局は、個人情報のビッグ・データを掌握し、国民の言動を監視するための安価なツールを獲得しつつある。「思想の自由」、「言論の自由」というテーマに、中国共産党と市民は、中長期的にどのように向き合い、対処していくのか。中国が愚民主義に基づく賢人支配の伝統を続行させるか、そこから脱却するかを判断するポイントはそこにあるだろう。

「和平演変」論と外交戦略
 外交に視点を移そう。中国の外交の基軸は、変わらず対米外交に置かれている。そして総じて見れば、中国にとって、民主主義や人権を云々せず、貿易戦争仕掛けてくるトランプ政権は、御し易い相手である。昨今発表された鉄鋼・アルミニウムの輸入制限の発動に対しても、今次全人代で国家副主席に選出された王岐山、第19回党大会で政治局委員に昇格した楊潔篪を中心に、彼らが政財界に築いてきた交渉チャネルをつうじ、実務的解決を図ることへの自信が窺える。
 加えて習近平政権は、「アメリカ・ファースト」を掲げ、保護主義的政策へと舵を切り、環太平洋経済連携協定(TPP)協議を離脱し、パリ協定やユネスコからも脱退したアメリカが、国際的信用を急速に失いつつある今日の状況を、自国が世界的リーダーシップを高める絶好のチャンスと捉えているだろう。トランプ政権との対照を世界に印象づけるべく、習近平政権は、機会を捉えてグローバル化の擁護者となる姿勢をアピールしてきた。今次全人代の政府工作報告においても、揺らぐことなく経済のグローバル化を推し進め、保護貿易主義に反対し、自由貿易を守る姿勢が再度アピールされた。また、世界を「運命共同体」と表現し、環境問題に対する取り組みを強化するべく、政府機構改革の一つの柱として生態環境部の設置を決定した。さらに、シルクロード経済圏構想「一帯一路」プロジェクトを含む対外援助を前進させるため、国家国際発展協力署を設置し、新たな枠組みでEU諸国、日本、ユーラシア諸国との協力関係を深めようとしている。
 しかしその際にも、国内の言論封殺と露骨な人権侵害が、中国の平和的台頭に対する国際社会の不信感を増幅させる原因となっていることを指摘しておきたい。「和平演変」を警戒する習近平政権の発想において、体制を守るために優先すべきは、アメリカおよび「西側」諸国が仕掛けてくる巧妙な心理戦を前に、イデオロギー安全保障を確保することであり、それは行き着くところ、一党支配の理論的根拠たるマルクス主義を守ることにほかならない。こうした考えの下、中国の外交は、パブリック・ディプロマシーをつうじ、他国との価値の共有を追求せんとする柔軟性を失い、ゼロサムのイデオロギー闘争という色彩を強めつつある。前胡錦濤政権の二期目には、党内の改革派と保守派の間で「普遍的価値」をめぐる論争が繰り広げられたが、そうした議論の空間すら習近平政権下では失われしまった。しかし、「自由貿易」、「運命共同体」というフレーズを用い、国際的イメージ・アップを求める姿勢と、国内の言論を封殺し、マルクス主義を旗印にイデオロギー闘争を呼びかける実態の間には埋めがたい溝がある。「西側」の価値観と一線を画すのはよい。しかし、思想や言論の自由を基盤とする人々に対し、より親和力を持つ価値体系を打ち出せないかぎり、国際社会に中国の平和的台頭を確信させることはできないだろう。