コラム

『China Report』Vol. 18

諸外国の対中認識の動向と国際秩序の趨勢⑤:

プーチンの戦略環境認識-多極世界観を中心に-

2018-03-30
兵頭慎治(防衛研究所地域研究部長)
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はじめに
 戦略的に重要な存在である中国に対してロシアはどのような認識を抱き、どのような政策を実施しようとしているのだろうか。多くの大統領制国家の中でも、外交政策の立案プロセスにおいて、ロシアほど大統領が強大な権限を有する国家は類をみない。2018年3月18日の大統領選挙においてプーチンが再選されたことにより、現行のプーチン政権が2024年まで延長され、事実上の最高指導者だった首相時代(2008~2012年)を含めて、2000年に発足したプーチン体制は四半世紀近く存続することになった。
 クリミア半島の併合やシリアへの軍事介入も、プーチン自らによるトップダウンの決断であったと思われることから、次期プーチン政権の対外政策の方向性を検討する場合、プーチン自らの個人的パーセプションを探り当てることが重要となる。さらに、ロシアの場合、第三者が行う客観的な戦略環境分析とロシア自らの主観的な戦略環境認識の乖離が大きいが、後者に基づいて実際の対外政策の立案や対外行動の決定がプーチン主導で行われるのならば、プーチン個人の主観的なパーセプションを分析することは不可欠である。

到来した多極世界とロシア
 プーチンの世界観としては、冷戦時代の二極世界から、米国による一極世界、さらには多極世界が到来したというものである。ロシアの戦略環境認識が記された国家文書である「ロシア連邦の国家安全保障戦略」(2015年12月31日改訂)では、「現在、ロシア連邦の経済的、政治的、軍事的及び精神的な潜在力のさらなる強化と、形成されつつある多極世界におけるロシアの役割増大のための基盤が作られた」と記されており1、米国による一極世界が終焉し、ロシアが望む多極世界が形成されつつあるとともに、その多極世界においてロシアの潜在力が強化されているという認識が示されている。その後、2016年秋の米大統領選挙においてトランプ候補の勝利が確定した後は、プーチン大統領の演説などにおいて「多極世界が到来した」という現在完了形で語られることが多くなった。
 ロシアが言及する多極世界とは、一般的に「米欧印中露」の5極を指すことが多い。それは、ロシアが客観的に分析した戦略環境というよりも、ロシアにとって望ましい世界像である。国際社会へのコミットメントが相対的に低下するものの依然として強大な軍事力を持つ米国、ブレグジットや難民、テロ問題などで地盤沈下は進むものの同じ欧州国家としてロシアの安全保障や経済に重要な役割を果たす欧州(NATO、EU)、政治的には友好国であるが経済面や軍事面でロシアよりも急成長をとげる隣国中国、ロシアの対米、対中関係においてバランサーになり歴史的にもロシアと良好な関係にある新興発展国インド、そして多極世界における最後の一極をロシアが占めることが2000年から続くプーチン政権の国家目標である。
 プーチン政権がこれまで掲げてきた外交面での「大国復活」や経済面での「経済5強入り」といった国家課題は、「多極の一極をロシアが占める」という戦略課題と密接に関係している。ここで留意しておくべきなのは、ロシアにとって米国一極世界よりも多極世界の方が望ましいのであるが、それでも到来した多極世界は二極や一極に比べて不安定な世界であるとロシア自身が認識していることである。前述の「国家安全保障戦略」においても、「新たな多極世界の形成プロセスは、グローバル、地域的な不安定性の増大を伴っている」と明記されており2、米ソ二極の時代やその後の米一極の時代に比べて多極下の国際関係はより複雑化し、グローバルにも、リージョナルにも国際秩序の不安定性が高まると認識している。しかも、米ソ二極、米一極の場合、ロシアが戦略的に重視する対象は米国だけでよかったが、複数の極からなる複雑な国際関係が展開される多極世界においては、ロシアの対外戦略そのものも複雑化するのである。

ロシアが抱く多極世界観
 ロシアのイメージする多極世界であるが、経済力を中心として、2016年の国内総生産(GDP)を基に、ロシアの経済規模を1とした場合の5つの極の大きさを表してみると、ロシアは欧米諸国の10分の1であり、中国の6分の1である3。欧米諸国や中国に比べて、今後のロシアの経済成長は低いことが予想されるため、欧米諸国あるいは中国との経済格差は拡大する傾向にある。以上から、経済面でロシアが欧米に張り合う余地はなく、欧米に対抗しようとする場合、中国やインドなどとの連携が必須となる。次に、各国の国防費(米ドルベース)を基にその大きさを図示してみると、ここでもロシアの存在感は希薄である。国防費でも米国が突出している。欧米を合わせた場合、ロシアの国防費は欧米の10分の1程度に過ぎない。
 このように、ロシアが欧米に対抗しようとする場合、中国との連携は必須であり、さらにはインドなども巻き込む必要がある。中露関係の格差であるが、経済力でロシアは中国の6分の1であるが、国防費では3分の1となり、その格差は縮小する。核戦力を含む中国の軍事力伸長により、中露間の軍事格差は拡大傾向にある。ただし、核弾頭の数で多極世界の大きさを示すと、オバマ前政権下で2010年4月に締結された「新戦略兵器削減(新START)条約」により、米露間で戦略核戦力のパリティがほぼ回復されており、ロシアが米国に対して比肩でき、中国などの追随を許さない唯一の分野となっている。最近プーチンが核戦力の強化を図り、核の恫喝発言を行ったりする背景には、核戦力を前面に打ち出すことにより、多極世界におけるロシアの存在感を誇示し、経済面での劣勢をカバーしようとする意図があると思われる。

おわりに
 プーチンが抱く戦略環境認識は、「米欧印中露」から成る多極世界が到来したというものであり、その認識に基づいてロシアが多極世界の一員として影響力を拡大していくことがこれまでのプーチン政権の戦略課題であると言える。米一極世界下では、ロシアは中国と連携しながら多極世界の構築を目指すという姿勢を示したが、欧米諸国の影響力が低下して中国が台頭するという多極世界において、さらには米国から中国への相対的なパワー・シフトが進む中で、米中という二つの極の間でロシアがどのようなポジションを取るのかが、ロシアにとって戦略的な課題となりつつある。
 ウクライナ危機以降、「欧米対中露」という二項対立的な図式に立って、現プーチン政権は「反米親中」路線を掲げてきた。しかし、2024年まで続く次期政権において、それを貫くことには限界があるのではないか。なぜならば、複雑化する多極世界において、ロシアが真に影響力を発揮するためには、極端に悪化した米国との関係を改善し、極端に依存した中国との関係を立て直す必要があるからである。しかしながら、ロシア・ゲートに揺れるトランプ政権側が対露関係改善の余地を有していないこと、プーチンの側も台頭する中国に対して明確な対抗戦略を持ち合わせていないことから、次期政権発足後、緩やかなレームダック化が始まるであろうプーチンが、現行の行き過ぎた「反米親中」路線を修正することもままならないであろう。
(2018年3月19日)


1 「ロシア連邦の国家安全保障戦略」ロシア連邦安全保障会議ウェブサイト<http://www.scrf.gov.ru/news/1003.html>2018年2月5日アクセス。
2 同上。
3 IMF World Economic Outlook Database(January 2018) に基づく購買力平価換算による。ロシアは世界第12位であり、オーストラリアとほぼ同等の規模である。