コラム

『China Report』Vol. 28

中国の国内情勢と対外政策の因果分析⑥:

権力闘争の視点から見た習近平政権の安定性

2019-03-19
李昊 (日本国際問題研究所 若手客員研究員)
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はじめに
 中国の対外関係を考える上で、政治エリートによる権力闘争は重要な変数の一つである。2012年に中国共産党総書記に就任して以来、習近平は急速に自らの権力を強化し、盤石な政権を築いたように見えるが、それに対する反発も度々観測されている。経済の減速に加え、安全保障や貿易をめぐるアメリカとの関係緊張、南シナ海における緊張の高まり、「一帯一路」イニシアティブに対する各国の警戒感など、対外関係の面でも習近平は厳しい政権運営を強いられており、水面下では熾烈な権力闘争が依然展開されている可能性もある。本稿では、権力闘争の視点から国内政治、対外関係の両側面における今日の習近平政権の安定要因と不安要因を整理し、習近平政権の現状について分析したい。

国内政治における習近平政権の安定要因と不安要因
 2017年の中国共産党第19回全国代表大会とそれに続く第一回中央委員会全体会議において、習近平はかつての部下を大量に抜擢し、自派の拡張に成功した。下の図にあるように、政治局委員の大半は習近平と近い関係、あるいは協力的な関係にあり、明確に対立的な人物は見当たらない。


図:新政治局における習近平の人脈
 人事について詳細に見ると、四つの直轄市(北京、天津、上海、重慶)及び広東省など重要地域の党委員会書記、党中央直属機関(中央弁公庁、中央組織部、中央宣伝部)及び全国人民代表大会、党中央規律検査委員会などの責任者にはいずれも習近平と近い人物が就任している。重要部門人事の中で、国務院だけは李克強総理をはじめ、孫春蘭副総理、胡春華副総理など、習近平と距離があると思われる人物が多数を占めている。ただし、習近平は「党と国家の機構改革の深化」を打ち出し、臨時組織として党に設置されていた様々な領導小組を常設の委員会に格上げし、党と政府の大規模組織改変を断行した。改革の目的は明らかに党の役割を拡大し、政府に対する優越性を確立するものである。その意味で、党の最高指導者たる習近平は政策決定に対してこれまで以上に強い指導力を発揮することができることになる。現指導部の人事構成は習近平政権最大の安定要因だと言える。
 では国内政治面で、習近平政権にとっての不安要因にはどのようなものがあろうか。第一に、習近平が抜擢した追従者たちの経験不足や能力に対する懸念がある。習近平は福建省、浙江省、上海市などでの地方勤務が長く、その時の部下が人脈の中核となっている。地方の中堅幹部から早いスピードで中央重要部門や地方指導者に抜擢された者が多く、経験不足が否めない。典型は丁薛祥であろう。年齢的には、次期最高指導部の有力候補ではあるものの、省レベルの党委員会書記も党中央や国務院の重要部門の責任者も務めたことがないまま、中央弁公庁主任として政治局委員に昇進している。他にも北京市党委員会書記の蔡奇、中央組織部長の陳希、中央宣伝部長の黄坤明など明らかに行政経験が不足している人物が少なくない。経験不足故の失策が続けば、習近平の権威が損なわれ、政治エリートや一般市民の不満が蓄積していく可能性は否定できない。
 第二に、習近平勢力の内部分裂の危険性である。一勢力が大きくなりすぎると、内部で意見の対立や競争が生じやすくなる。今のところ表面化した対立は観測されていないが、将来、特に次回の党大会が近づけば、人事や後継者問題が対立の火種となる可能性がある。2018年の憲法修正によって国家主席の任期制限が撤廃されたことから、習近平の引退時期が不透明になる中、人事の予測不可能性が高まっており、政治エリートたちの疑心暗鬼を招く危険性は考えられる。
 第三に、胡錦濤や江沢民をはじめとする引退幹部たちの影響力である。これまで胡錦濤や江沢民が政治介入を控え、ある種の暗黙の支持があったことで、習近平は権力集中を進めることができた。一方で党内の不満も着実に蓄積されている。今後の政治運営で、習近平と引退幹部の間に意見の不一致や対立が生じることがあれば、習近平政権は動揺をきたす可能性がある。現在習近平と協力的な関係にある人物も、場合によっては対立勢力にまわることが考えられる。例えば、汪洋(人民政治協商会議全国委員会主席)は長らく胡錦濤に近いと考えられていた人物である。韓正(国務院副総理)は上海市党委員会書記時代の習近平の下で市長を務めていたが、政治局常務委員会入りするまで一貫して上海でキャリアを積んでおり、黄菊、陳良宇、兪正声など江沢民と近い人物たちに仕えていた期間が長く、江沢民とも交流があると考えられる。汪洋や韓正らはいわば業務上の必要から習近平と協力関係にあるが、仮に習近平が胡錦濤や江沢民と対立することになった場合、彼らの振る舞いは権力闘争の趨勢を左右するだろう。
 そして第四に、国内では経済の減速という重大な政治課題を習近平政権は抱えている。権力集中を進めた結果、習近平は自らが責任を持ってこの難題に取り組まざるを得ないこととなった。

対外関係における習近平政権の安定要因と不安要因
 権力闘争を有利に闘った結果、習近平は外交の主導権を掌握することに成功したと言える。しかし、それは必ずしも対外関係が安定し、外交と権力闘争が切り離されたことを意味するわけではない。
 習近平政権の外交の最大の特徴は、大国意識を前面に打ち出している点にある。「中国の夢」、「中華民族の偉大なる復興」というスローガンは習近平の世界観を凝縮した表現である。侵略の被害者という負の歴史は過去のものとなり、習近平は悠久の歴史と文明、第二次世界大戦の勝者、世界に名だたる大国という強者の側面を繰り返し宣伝し、国民の自国への自信を高めようと努力している。このような転換は、市民の自己肯定感を高め、これまで度々発生した行動主義的なナショナリズムの暴発を抑える効果が期待できる。そのこともあって、今のところ習近平政権は国内のナショナリズムによる突き上げには苦しんでいない。この点は習近平政権の安定要因の一つだと言える。
 しかし、大国としての振る舞いは、時に他者にとって強硬に、あるいは傲慢に映る。南シナ海における緊張激化、「一帯一路」に対する関係諸国の懸念、サイバーセキュリティに対する懸念、アメリカとの貿易摩擦など、外交における問題は山積みである。特に、対米関係の緊張激化は最大の外交問題となっている。
 貿易摩擦はもちろん、米国では中国による内政への影響力浸透、情報の窃取に対する懸念が一段と高まっている。対米関係の管理が一層困難になっており、これは明らかに習近平外交の失策である。この難局に対して、今のところ効果的な打開策は見出されていない。習近平自身の人脈は地方幹部出身者が多く、外交に長けている人物が少ない。外交官出身の楊潔篪(政治局委員兼中央外事工作委員会弁公室主任)や王毅(国務委員兼外交部長)も存在感を発揮できていない。対米関係の緊張緩和に失敗した場合、習近平は自ら責任を取らざるを得ず、政権の安定性は大きく動揺する可能性がある。対米関係は、国内の権力闘争に影響を与える重大な変数であり、対外関係における習近平政権最大の不安要因である。
 もう一つ、習近平政権の外交において留意すべき点がある。それは習近平と軍の関係である。習近平は国防部長兼中央軍事委員会秘書長の耿飈の秘書としてキャリアをスタートさせ、以後殆どの勤務地で軍関係の役職を兼任してきた。習近平は前任者たちよりも軍との結びつきが明らかに強い指導者である。これまでの経緯を観測すると、習近平は軍の考え方に影響を受け、同調しているように見える。権力闘争において軍は常に重要なアクターであり、習近平は常に軍を自らの味方にとどめておく必要がある。習近平と軍の深い関係は、対外関係に影響を与える変数であり、今後の中国の外交、安全保障政策の一つの不安要因であろう。このように、国内政治と対外関係は双方向に影響しあっており、権力闘争と外交は連動する。

おわりに
 総書記就任以来、習近平は反腐敗闘争によって政敵を排除し、自らの追従者を大量に抜擢することで、現指導部内で大きな勢力を築き上げた。そのため、制度的には安定した権力基盤を確立したと言える。しかし、不安要因は依然としてある。国内政治では、習近平の追従者たちの能力に対する懸念、習近平勢力の内部分裂の可能性、引退幹部の影響力、経済の減速などが不安要因として挙げられる。
 対外関係では、市民の行動主義的なナショナリズムが抑制されていることは政権にとっての安定要因といえるが、対米関係の緊張は大きな課題となっている。習近平は急速に権力基盤を固めたことで、対外政策の主導権を掌握することができた。そこで大国意識を前面に打ち出した外交を展開してきたが、対米関係の安定維持に失敗し、展望も明るいとは言い難い。
 今後、もし国内経済や対米関係の処理を誤れば、習近平やその部下たちの指導力に対する疑問や不満が広がるだろう。経済問題や対外関係が権力闘争の焦点となり、習近平は厳しい批判に直面しなければならず、政権の安定性が損なわれる可能性がある。習近平は権力集中に成功したが、だからこそ重い責任を背負うことになり、内政と外交ともに難しい政権運営を強いられている。