コラム

『China Report』Vol. 31

中国の国内情勢と対外政策の因果分析⑦:

日中平和友好条約締結40周年から展望する日中関係の今後

2019-03-20
高原明生(東京大学大学院教授/日本国際問題研究所上席客員研究員)
  • twitter
  • Facebook


 2018年は記念すべき日中平和友好条約締結40周年であり、中国側の対日姿勢の軟化が顕著に見られた。その要因としては、前年の党大会を経て習近平国家主席の権力基盤がさらに固められたこと、中国の経済減速が進んだこと、米中関係が急に悪化したため中国にとって日本の相対的な重要性が高まったことなどが挙げられる。そしてもう一つ指摘できる要因は、中国社会における日本イメージの改善である。

日本イメージの改善と中国イメージの低迷

 言論NPOが中国国際出版公司と共同で毎年実施している世論調査によれば(2015年までのカウンターパートは中国日報社)、日本にいいイメージを抱いている中国人の割合は、2013年の5.2%(2012年の尖閣諸島をめぐる両国の衝突以降初めての調査)から、2014年には11.3%、2015年には21.4%、2016年には21.7%、そして2017年には31.5%に跳ね上がり、最新の2018年調査では42.2%まで上昇した1。それに対し、日本に対して良くないイメージを抱く者の割合は、2013年の92.8%から2018年の56.1%まで下降した。日本イメージ改善の理由ははっきりとはわからないが、日本を訪れる中国人観光客の急増がそれに与っているのではないかと思われる。来日中国人の数は、2013年の130万人から、2017年には740万人へと4年間でほぼ6倍に増えている2。もちろん、740万人は中国の1.4億人の総人口の0.6%に過ぎない。だが、ソーシャル・メディアを通して旅行客から中国の一般大衆に伝えられる日本社会や日本人に関するいいイメージが、大きなインパクトを及ぼしている可能性は高い。
 日本側では、しかし事情が異なる。中国にいいイメージを抱く日本人の割合は、2013年の9.6%から2018年の13.1%に微増したに過ぎない。いいイメージを抱かない日本人の割合は、2013年の92.8%から2018年の86.3%に微減しただけである。多くの中国人は、なぜ自分たちのイメージはよくなっていないのか、首をかしげる。日本側から見れば、その理由は簡単だ。言論NPOの世論調査は、次の3点がいいイメージを抱かない最大理由だと教えてくれる。1)中国は、尖閣諸島の領海に頻繁に政府の船を入れてくるから、2)中国は、国際ルールを守らないから、そして3)歴史問題などで中国は日本を批判するから、の3点だ。2)は2016年7月にハーグの国際仲裁法廷が南シナ海で中国が主張する諸々の権利を否定する判断を下したにもかかわらず、中国政府がそれを無視していることなどが問題にされているのであろう。要するに、この調査結果は、中国が上記のような行動や振る舞いを変えなければ日中関係の発展にも限界があることを示唆している。鍵となる問題は、安全保障の領域に存在しているのだ。

安倍訪中——安全保障に関する成果

 では、2018年10月の安倍訪中では、安全保障や信頼醸成の領域でどのような進展があったのだろうか。一つには、2018年5月の李克強来日の際に設置が合意された防衛当局間の海空連絡メカニズムに関する年次会合の開催が決まった。その会合が同年末に実施されたのは喜ばしいことであった。他国の例だが、2018年9月、南シナ海で中国海軍の艦船が米国の駆逐艦に40ヤードの近さまで接近するという事案が発生した。米国と中国の間には、つとに海空連絡メカニズムが設置されている。それでもこのように危険なニアミスが起こりうるのであるから、定期的な人的交流を行い、メカニズムの実施状況について確認を怠らないことには重要な意義がある。
 だが、実は海上保安庁と中国側のカウンターパートである海警との間には同様のメカニズムが存在していない。メカニズムの適用範囲に尖閣諸島のまわりの領海を入れるかどうかについて合意ができないことが、その大きな障害となっている。ただ今回の安倍訪中の際には、河野太郎外相と李小鵬交通運輸部長の署名により、両国政府の間で日中海上捜索救助協定が締結された。これまでは捜索救助協定がなかったので、これまた大変喜ばしいことである。だが実は、海上保安庁の巡視船はこれまでも年平均100人の中国漁民を救助してきたという3
 また、日中両国政府は防衛大臣と国防部長の相互訪問や海上自衛隊と中国海軍の艦艇交流などの多層的な防衛交流でも合意した。さらに、東シナ海の共同開発に関する2008年の合意について、その実施に向けた交渉の早期再開を目指し、意思疎通を一層強化することで一致した。

相互不信の解消に向けて

 国民間の相互理解を増進する上では交流が不可欠だが、日中双方は2019年を日中青少年交流促進年にすることで合意した。2006年の第一次安倍内閣の決定により、日本政府は毎年数千人に及ぶ中国の青少年を日本に招待してきた。2010年の漁船衝突事件や2012年の尖閣諸島をめぐる衝突などの際には中国側の協力が得られず停滞することもあったが、多くの場合ホームステイを含む1週間程度の日本訪問を通して、ほとんどの中国の青少年は日本のイメージを一新させ好意を抱いて帰国していく。中国政府も日本の青少年を招待してきたが、日本側と比べると規模が一桁違っていた。それが、2019年からは日本と同等ないしそれを上回る規模での受け入れをする準備をしている模様である。
 以上のような首脳交流の成果は正しい方向に日中関係を発展させるものと思われる。だが、両国間の不信を解消するに足るかと言えば、そこには限界がある。もし、中国が海警の監視船を尖閣諸島周辺の領海に送り続けるのであれば、不信感を一掃することは不可能だ。今や日本と中国は戦略目標を共有していない。なおかつ、国力のバランスは、平和憲法と超大国との同盟関係を有する日本ではなく、「富民強国」を唱え、支配の正統性を開発主義とナショナリズムに頼り、中国を「強くした」ことを誇りとする政権が率いる中国に傾いている4。言うまでもなく、両国関係を発展させる大前提は中国が自制し、平和が維持されることである。そのためには、バランス・オブ・パワーの維持に尽力し、人的交流を盛んにすることのほかに、どのような措置を採ることが考えられるだろうか。
 信頼関係を深める上で効果的な経済協力としては、日中の企業が第三国市場で協働し、日本が唱える自由で開かれたインド太平洋構想と、中国が唱える一帯一路とが共存できることを示すのがよいだろう。一帯一路は、日本の多くのマスメディアが形容しているような「広域経済圏」ではなく、一つ一つの星、すなわち個々の海外投資プロジェクトを一括する概念として示された星座に過ぎず、明確な定義や輪郭を有しているわけではない5。自由で開かれたインド太平洋も同様の星座であり、一帯一路と同様に、戦略的な側面のほかに経済協力の側面を有する。
 戦略的な側面については、競争が激化することは当面避けられない。しかし経済協力の側面については、日中は連携を緊密化することでともに裨益することができる。日本にすれば、70年代以来の日本の支援もあって隆々と発展した中国の経済力を活用しない手はない。中国にすれば、透明性を欠き、途上国を債務漬けにすると批判を受けるようになった一帯一路の評判を立て直す上で日本のノウハウが有用である。そしていずれの国にとっても、インド太平洋の国々との外交関係を発展させる上で、日中協調は推進要因になる。
 一帯一路は習近平の権威と権力のシンボルであり、2017年以来、安倍総理が条件付きながらそれへの支持を表明していることは、中国側の対日信頼感を増す上で効果を発揮している。2019年、習近平主席が来日した際には、自由で開かれたインド太平洋構想への支持を表明することが期待される。習氏が自信を持ち、自由で開かれたインド太平洋構想に言及することが出来れば、日中関係はより確かな発展の軌道に乗ることになるだろう。
 


1 経年変化については、言論NPOのウエッブサイトに掲示された折れ線グラフを参照されたい(http://www.genron-npo.net/pdf/14th.pdf)。
2日本政府観光局ホームページ(https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/tourists_2017df.pdf)。
3 海上保安庁の政策アドバイザーを務める桜美林大学佐藤考一教授のご教示に拠る。
4 習近平の第19回中国共産党全国代表大会での報告を参照されたい。
5 一帯一路については、拙稿「中国の一帯一路政策」、川島真・遠藤貢・高原明生・松田康博編著『中国の世界展開とその相貌』(昭和堂、近刊)を参照されたい。