コラム

『China Report』Vol. 38
中国の国内情勢と対外政策の因果分析⑨:
アジアインフラ投資銀行の役割

2019-07-16
渡辺 紫乃(上智大学)
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はじめに
 習近平国家主席が2013年秋に「一帯一路」構想を表明して以来、5年以上が経過した。この間、「一帯一路」関連プロジェクトに資金提供しうる3つの金融機関が相次いで設立された。2014年12月29日に中国は豊富な外貨準備を背景に、独自の開発投資ファンドであるシルクロード基金(Silk Road Fund、以下SRF)を設立した。その後、2015年7月21日にはインドのイニシアティブのもとでBRICS諸国による新開発銀行(New Development Bank、以下NDB)が、同年12月25日には中国主導でアジアインフラ投資銀行(Asian Infrastructure Investment Bank、以下AIIB)が設立された。本稿では、中国が最重視している国際開発金融機関であるAIIBに焦点をあて、これまでの融資実績をもとに、いかなる役割を果たしているのかを分析する。

AIIBの融資実績
 AIIBは、文字通りインフラ投資に特化した国際開発金融機関である。AIIBの設立協定でも、融資対象分野は特に「インフラとその他の生産性分野」と規定されている。このことは、AIIBが既存のブレトンウッズ体制下の貧困削減を主要業務としている世界銀行やアジア開発銀行(Asian Development Bank、以下ADB)などと補完関係にあることの説明としてもよく使われる。
 AIIBの融資は、これまでのところ米ドル建てであり、通常貸付と特別基金貸付の2つがある。AIIBは、2016年の操業開始から2018年末までの3年間で33件、合計74億3699万ドルの通常貸付を実施した。過去3年間の内訳は、2016年に9件、16億9400万ドル、2017年に15件、25億8960万ドル、2018年は10件、31億5339万ドルであった。さらに、2019年は5月末までに4件、4億4000万ドルの新規貸付を行っている1
 総裁の金立群は当初、AIIBの融資規模を徐々に拡大し、5~6年後には毎年の融資額を100~150億ドルに達したいと表明していた2。この規模は、資本金の10%前後に相当し、世界銀行やADBの資本金に占める年間融資額の割合とほぼ同水準である。しかしながら、2018年までの実績を見る限りでは、理想と現実の間にはかなりの差がある。
 世界銀行でかつて中国・モンゴル担当のカントリー・ディレクターであったDavid Dollarによれば、近年の中国から開発途上国への融資額は年間400億ドル程度である3。中国は、AIIBはもちろん、ADBや世界銀行の年間融資額を凌駕する規模の貸し手に成長している。AIIBの年間融資額は、中国の融資額の10%に満たない規模だと想定される。
 しかも、AIIBの2018年末までの通常貸付33件のうち、20件が他の国際開発金融機関との協調融資であり、単独融資は全体の4割以下にすぎない。協調融資先の内訳は、世界銀行が14件、ADBが5件、欧州復興開発銀行(EBRD)が1件、欧州投資銀行(EIB)が1件であり、世銀との協調融資が圧倒的に多い。AIIBはADBとの協調融資を増やそうとしているようである。協調融資が中心である理由としては、AIIBは設立間もないことや、AIIB単体での案件形成や審査の能力が十分でないことが考えられる4
 2017年6月から7月、AIIBは格付け機関の「ビッグ3」と称されるムーディーズ(Moody's)、スタンダード・アンド・プアーズ(Standard & Poors)、フィッチ・レーティングス(Fitch ratings Ltd.)から最上位の格付けのトリプルA(AAA)を相次いで取得した。とはいえ、高格付けは、AIIB自体の財務の健全性よりも、他の国際開発金融機関との協調融資案件が多いが故に貸し倒れリスクが低いと判断されたためであると思われる。他方で、AIIBが過去3年間に実施した特別基金貸付6件はすべて単独融資である。特別基金貸付は、金額が少ないうえ、基金であるために、審査に問題があり貸し倒れになったとしてもAIIB本体の経営にそれほど影響はない(表1、2)。


 分野別にみると、通常貸付では、件数・融資額ともにエネルギー案件と運輸案件が多い。融資額でみると、全体の約35%がエネルギー関連プロジェクト、約24%が運輸関連プロジェクトに向けられており、この2分野で約6割を占めている。エネルギー案件は、当該国の電力供給拡大のためのプロジェクトが大半である。運輸案件では、道路案件が圧倒的に多い。特別基金貸付は、2018年末時点では6件のみで、一般的な傾向を見出すことは難しいが、件数・融資額ともに都市整備案件と運輸案件に集中している。ただし、個々の案件は小規模である(表3、4)。


 
 国別でみると、通常貸付では、件数・金額ともに南アジア向けが多い。特に、インドへの貸付は8件もあり、金額は20億6900万ドルと全貸付額の約28%に達する。次に多いのがインドネシア向けの貸付であり、5件で金額は9億3989万ドルで約13%を占めている。AIIBは中国にも1件貸付を行っている。北京市が進めているエネルギー源を石炭から天然ガスに切り替える政策の一環として天然ガスを供給する配管整備事業に2億5000万米ドルの資金提供をするもので、石炭消費の減少と大気汚染の緩和を目的とする案件である5。特別基金貸付も南アジア向けが中心であり、ネパールが2件、ラオス、バングラデシュ、パキスタン、スリランカがそれぞれ1件である(表5、6)。
 

 
 以上のように、AIIBは過去3年間で南アジアを中心に16ヵ国に融資を提供してきた。AIIBの加盟国数が93であることを考えると、これまでの融資実績はごく一部の国に集中しているといえる。また、2019年3月時点のAIIB承認予定プロジェクトを見ても、南アジアの案件が圧倒的に多い。他方、東南アジアでは、AIIBから資金提供を受ける必要がないと思われるシンガポールやブルネイを除くとしても、タイ、マレーシア、ベトナム、カンボジアへの融資はない。特に、ベトナムはAIIBには参加しているが、BRIやAIIBに消極的なスタンスを維持しており、AIIBから融資を受けていないことはその表れだとも考えられる。この傾向は2019年6月時点でも変わっていない(表7、8)。

おわりに
 AIIBは、これまでの融資実績から、主に中国以外の国のエネルギー、運輸分野での投資のための資金提供手段となってきたことが分かる。特に、南アジア、中東・北アフリカ、東南アジア・旧ソ連諸国のプロジェクトに資金が提供されている。なかでもインドは、案件数・融資金額ともに突出している。
 AIIBは中国主導ではあるものの、国際開発金融機関である以上、融資の実行や運営にあたっては財務の健全性や透明性が求められる。AIIBは、中国の「一帯一路」プロジェクトのために資金提供するというよりは、「一帯一路」のプロジェクトであるかどうかを問わず、プロジェクト毎に経済合理性の観点から資金提供しうる案件に融資を行っているのが現状であろう。実際、他の国際金融機関の審査を通過した、採算のとれそうなプロジェクトへの資金提供が中心的な業務になっている。
 「一帯一路」は習近平政権にとって最優先課題の一つであり、中国内外での活発な投資活動が当面は続くはずである。中国にとってはAIIBが引き続き「一帯一路」のための重要な資金提供源であることに変わりはないだろう。AIIBは今後も「安全運転」を続けるのか、あるいは中国の意向が強く反映されるような国際開発金融機関になるのか。さらには、AIIBが世界銀行やADBなどの既存の国際開発金融機関とどのような関係を築いていくのか。AIIBの動向は、今後の「一帯一路」の展開だけでなく、国際開発金融秩序にも大きく影響を与える可能性があるため、さらなる研究が必要である。
 




1 AIIBの融資実績の詳細はAIIBホームページhttps://www.aiib.org/en/index.htmlを参照。
2 汪志平「AIIBの運営と「一帯一路」構想の研究」『経済と経営』第47巻1・2号、2017年3月、35頁。
3 David Dollar, "Is China's Development Finance a Challenge to the International Order?" paper presented at the JCER conference in Tokyo, October 2017, p.4.
4 ADBとの協調融資の場合、AIIBは資金をADBに預け、ADBがまとめて融資を実行する。AIIBが貸し倒れリスクをとらないためだとされる。「中国インフラ輸出難航――アジア投資銀、迫力欠く、25日から年次総会、融資目標控えめ。」2016年6月22日、日本経済新聞、朝刊6頁。
5 「AIIBが中国初案件 石炭削減で大気汚染改善」2017年12月11日、『産経新聞』(電子版)<https://www.sankei.com/world/news/171211/wor1712110025-n1.html>2019年3月6日アクセス。