研究レポート

「難民」をどう捉えるべきか(2): ウクライナ侵攻とEUの一時的保護

2022-03-31
宮井健志(成蹊大学法学部客員准教授)
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欧州研究会 FY2021-12号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。なお、各研究会は、「研究レポート」とは別途、研究テーマ全般についてとりまとめた「研究報告書」を公表する予定です。

2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻を開始し、民間人の多数の死者を含む凄惨な攻撃が続いている。この侵攻を受け、ウクライナからの大規模な避難民が発生している。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、3月29日現在、すでに400万人以上が周辺諸国に逃れており、内外を合わせれば1000万人以上が避難を強いられているi

戦後ヨーロッパ最大の軍事侵攻に際し、周辺諸国を含む国際社会は多面的な対応を迫られている。本稿では、欧州連合(EU)が発動した「一時的保護」の影響などの直近の展開も踏まえながら、難民保護の見通しと、日本を含む国際社会への含意を検討したい。

1.「難民」と「避難民」のあいだ

前回の研究レポートで論じた通り、難民条約に基づく条約難民は、「迫害のおそれ」と「他国に逃れた」という二要件に基づき認定が行われるのが原則である。しかし、その硬直性に対する批判は以前から強く、実務でも二要件のみが厳格に参照されるわけではない。実際には、地域的な取り決めや各国制度の枠内で一定の柔軟性を認める運用がなされてきた。この条約難民と避難民との間隙を埋める取り組みは、概念拡張・補完的保護・一時的保護の三つに大別しうる。

第一が、難民の「概念拡張」であり、直接的に「難民」の概念を拡張することで保護範囲を広げることを意味する。1951年難民条約の問題の一つは、戦争や紛争から逃れる人々(必ずしも「迫害」されたとは言えない)を、保護の対象としないことにあった。この点、1969年の「アフリカ統一機構(OAU)難民条約」は、「外部からの侵略、占領、外国の支配、又は公の秩序を著しく害する出来事」(第1条2項)から逃れた人びとを難民の定義に含めることで、保護対象を拡張した。同様の拡張は、1984年に中南米諸国が採択した「難民に関するカルタヘナ宣言」でも採用された。また、UNHCRも「迫害、紛争、一般化した暴力や公の秩序を著しく乱すその他の状況のおそれ」から避難する人びとを、いわゆる「マンデート難民」の認定対象に含めている。もっとも、これらの概念拡張は、EU加盟国を含む主要先進国では制度的には根付いていない。

第二に、「補完的保護(complementary protection)」という考え方がある。これは、難民条約上の定義には該当しないが、帰還により重大な危害が想定される人びとを保護する仕組みである。補完的保護は、国際条約が直接規定するものではなく、各国でその名称や内容が異なる。EUでは「補充的保護(subsidiary protection)」と呼ばれ、「資格指令」により共通基準が定められているii。この「補充的保護」の対象者は、条約難民と比べると当初認められる在留期間や社会的サービスの範囲などで制限があるが、原則的には難民同然として扱われる。このように、補完的保護は、条約上の難民概念を「補完」するために同じ手続きに即して認定されることから、難民と避難民との間の中間的・暫定的な地位というよりも、実態としては概念拡張に近いとも言えよう。

第三が、「一時的保護(temporary protection)」である。これは、避難民の大規模な流出が発生した場合に、一時的な保護資格を集団単位で認定する仕組みである。こちらも条約に基づくものではなく、内容は各国で異なる。EUは、2001年の「一時的保護指令」iiiでこれを規定している。本指令は、保護対象となる避難民に対して、居住権、就労権、住宅支援、医療、社会的扶助、教育へのアクセスをそれぞれ保障すると規定している。通常の難民認定と異なるのは、一時的保護の場合には、その地域から逃れる人びとに対して集合的に保護資格を認めることである。これにより、避難民は個人単位での申請書類の準備や手続きに悩まされることなく、教育や安全にアクセスできる。その一方、保護期間は原則1年間(最大3年間)とされ、保護期間を終えた後は帰国が前提となる。

このように、一時的保護は、保護資格を「集団単位」で「一時的」に認定する点で、「個人単位」で「恒久的」な認定を原則とする前二つの取り組みとは対関係にある。なお、一時的保護認定者はいつでも難民申請が可能であり、一時的保護は難民認定について「予断を与えるものではない」とされるiv

三つの取り組みは、いずれも適用可能性には限りがある。「概念拡張」は適用地域が限られており、西側先進国の多くには当てはまらない。「補完的保護」や「一時的保護」は、各国の裁量が大きく、共通基準を設定し執行するハードルは高い。実際、それゆえに、EUの「一時的保護指令」は、制定以降20年余りにわたり一度として発効することなく、もはや死文化していた。この状況を一転させたのが、今回のウクライナ侵攻である。

2.EUにおける一時的保護発動のインパクト

今回のウクライナ侵攻について、欧州諸国および国際社会の避難民保護の対応は大胆なものであった。欧州委員会は、早くも3月2日に「一時的保護指令」を発動する提案を行い、ロードマップを公表した。翌3日のEU内務相会合において本提案は全会一致で可決され、一時的保護指令が初めて発動されるに至ったv。未曾有の軍事衝突と人道危機を受けて、まず安全と自由を確保する緊急策が必要なのは言うまでもない。その意味で、今回の欧州の対応は迅速で理に適ったものだった。

一時的保護の影響は大きい。一時的保護は、ダブリン規則を前提とする硬直的な難民受け入れとは対置される柔軟な枠組みである。両者の違いを確認しておこう。まず、一時的保護は、EU加盟国(デンマークを除く)全体に対して保護責任が発生し、保護対象者はどの国家で保護を受けるかを選択できるvi。保護期間中はいつでもウクライナ本国に帰国が可能であり、また、EU加盟国内の自由訪問権(3ヶ月以内)を行使できる。対照的に、難民申請の場合には、最初に入国した加盟国で申請を行わなければならず、また、申請後6ヶ月間は他の加盟国に移動することが禁じられている。これらの規則は、加盟国間での難民申請の繰り返しを防ぐための措置だが、家族が離散した状態で難民申請をした場合の再結合すら認めないこと、認定審査自体も6ヶ月以上かかることから、大規模な難民流入への対応には不向きであった。このように一時的保護は、恒久的な保護の代わりに、一時的ではあるが広く迅速な保護をEU単位で約束する画期的な枠組みなのである。

となると、一つの疑問が浮かび上がる。これまでの難民危機において、なぜ一時的保護は発動されてこなかったのか。もともと本指令は、ユーゴスラビア紛争における避難民の大量流出を受け、緊急時の対応策として策定された。本指令は、2011年初頭以降の「アラブの春」、2015年の難民危機、2021年カブール陥落後のアフガン危機でも発動が検討されたが、提案すら見送られていた。本指令の発動には欧州理事会で特定多数決(EU人口比65%以上、最低15の加盟国)での同意が必要となるが、賛同を得る見込みはなかった。

賛同が得られなかった理由は、いくつか考えられる。第一に、大量流入の定義や保護対象の範囲について解釈の余地が広く、誰がどのように決定するのかが不透明だったことである。第二に、より重要なのは、一時的保護が、避難民をEUに招き入れる引力を強めることへの忌避感だろう。長らくEUは、第三国との再入国協定や域外国境管理の強化による水際抑止に力を入れてきたが、一時的保護はその方向性に逆行するように映ったと考えられる。第三に、指令に含まれる「連帯」条項をめぐる懸念があるvii。指令には、それぞれの加盟国が自国の受け入れ能力を理事会と欧州委員会に通知し、能力に応じた保護対象者の移転・融通を通じて各国負担を平準化する内容が含まれる。この加盟国間の「連帯」を求める再割り当て策は、共通庇護政策でも特に論争的な内容であり、強い反発は必至であった。

今回の「危機」と以前の「危機」の分水嶺となったのは、EUの庇護政策の共通化に後ろ向きだった加盟国が一転して支持に回ったことである。この賛否の急速な転換がなぜ起こり得たのかは、今後さらに検討すべき主題であるが、ひとまず二点を指摘しておく。

第一に、自民族・自文化中心主義がある。すなわち「ウクライナの人びと」を、「他地域の人びと」とは異なる形で認識する「身内贔屓」の価値観が効いている。政治言説でも、ウクライナ人がいかに自分たちに「近い」かが強調され、その裏面として、中東やアフリカ系のウクライナ避難民への差別的処遇も報道されているviii。この二重基準の問題は軽視すべきではない。「身内贔屓」の考え方は、「身内」への合理性を超えた献身を命ずる一方、「身内」ではないと見做した途端にその排除を正当化する論理でもある。現在厚遇されている人びとが、厚遇され続ける保障などない。

第二に、共通化に後ろ向きだった加盟国が、EUからの支援を必要としていることである。ウクライナ国境に隣接する中・東欧諸国は避難民の「ホットスポット」であり、ポーランドはすでに一国家で230万人以上を受け入れている。これは、かつて欧州難民危機の2年間でEU加盟国が受け入れた庇護申請者の総数に匹敵する規模であり、一国家のみで持続的に対応することは現実的ではない。

いずれにしても、一時的保護指令の発動は、EUが取りえた最も現実的で有効な避難民保護の手段であり、今後はこの枠組みを前提として受け入れが進んでいくだろう。避難民の再定住は円滑に進みうるか、戦争が長期化した場合の対応はどうするかなど不透明なところは多いものの、EUとしては最大限の努力を払っていると評価できる。

3.おわりに:危機における連帯の持続性

危機のなかで醸成される連帯に水を差したいわけではない。また、避難民保護が最優先課題である点も言うまでもない。しかしながら、近時の方針転換が中長期にわたる持続的連帯に繋がりうるものなのかどうかは、別にしっかりと検討していく必要があるだろう。

今回の危機対応は、人びとの痛みに寄り添う感情や情念がいかに政治を変えうるかという教訓を示した。慈善、憐憫、義憤の意識は、ときに合理的な損得勘定では達成しえない変革を可能にし、その意識に基づく非合理な差異化をも正当化する。ここで鍵となるのは、連帯の持続性である。危機の中で生まれた一時的な連帯は、危機を乗り越えた後に持続するとは限らない。協力を支援し調整する制度なしの連帯は、心もとない。ウクライナは救い、アフリカ・中東は見放す、この姿勢を冷笑することは容易い。しかし本当に考えるべきは、ウクライナ避難民の保護を最大限に重視しつつ、制度に媒介された普遍的な避難民保護のアジェンダへと連帯のエネルギーをどう結びつけるかである。

日本の岸田首相は、ウクライナ避難民を第三国定住により受け入れていく姿勢を示している。従来の難民に対する排他的な歴史を踏まえれば、これを「偽善」と捉えるのも無理はないix。しかし筆者は、「偽善」であっても、日本が難民問題について新たに責任を引き受ける姿勢を示したことを、まずは評価したい。「偽善」かもしれないが、「悪行」ではない。それを「偽善」で終わらせず、言葉にした責任を政府が果たすべく不断に働きかけていかなければならないのは、私たちである。

(2022年3月31日脱稿)




ii Directive 2011/95/EU of the European Parliament and of the Council of 13 December 2011 on standards for the qualification of third-country nationals or stateless persons as beneficiaries of international protection, for a uniform status for refugees or for persons eligible for subsidiary protection, and for the content of the protection granted (recast), 20 December 2011, OJ L. 337/9-337/26, 2011/95/EU (http://data.europa.eu/eli/dir/2011/95/oj).

iii Council Directive 2001/55/EC of 20 July 2001 on minimum standards for giving temporary protection in the event of a mass influx of displaced persons and on measures promoting a balance of efforts between Member States in receiving such persons and bearing the consequences thereof, 7 August 2001, OJ L 212, 2001/55/EC (http://data.europa.eu/eli/dir/2001/55/oj). ウクライナ侵攻との関係では、Steve Peersによるブログ解説が詳しい。Steve Peers, "Temporary Protection for Ukrainians in the EU? Q and A," EU Law Analysis, 27 February 2022 (http://eulawanalysis.blogspot.com/2022/02/temporary-protection-for-ukrainians-in.html).

iv Directive 2011/95/EU, op. cit., Art. 3. ちなみに、トルコに在住するシリア難民の多くは、トルコ国内の一時的保護に準じた制度によって保護され、更新が繰り返される状況が続いている。一時的保護が恒久化する状況にどう対処するかは今後注目していくべきだろう。

v Council Implementing Decision (EU) 2022/382 of 4 March 2022 establishing the existence of a mass influx of displaced persons from Ukraine within the meaning of Article 5 of Directive 2001/55/EC, and having the effect of introducing temporary protection, 4 March 2022, OJ L 71, ST/6846/2022/INIT (http://data.europa.eu/eli/dec_impl/2022/382/oj).

vi 保護対象者となるのは、2022年2月24日以降に、ロシア武装勢力による軍事侵攻の結果、ウクライナから避難した次のカテゴリーの人びとである。(a) 2022年2月24日以前にウクライナに居住していたウクライナ国籍の者。(b) 無国籍者、及びウクライナ以外の第三国の国民で、2022年2月24日以前にウクライナにおいて国際的保護または同等の国内的保護の受益者であった者。(c) (a)および(b)に該当する者の家族。また、ウクライナで永住権をもつ無国籍者あるいは第三国の国民で出身国への帰還が困難な人びとについては、「加盟国は、この決定または自国の国内法に基づく適切な保護のいずれかを適用しなければならない」と一定の裁量を認めている。Council Implementing Decision (EU) 2022/382, op.cit., Art. 2.

vii Directive 2011/95/EU, op. cit., CHAPTER VI: Solidarity.

viii "People of colour fleeing Ukraine attacked by Polish nationalists," The Guardian, 2 March 2022 (https://www.theguardian.com/global-development/2022/mar/02/people-of-colour-fleeing-ukraine-attacked-by-polish-nationalists).

ix レジス・アルノー「日本『ウクライナ難民受け入れ』偽善に聞こえる訳」東洋経済オンライン、2022年3月16日(https://toyokeizai.net/articles/-/539064)。